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2005.04.13

同時代としての短歌

河出書房新社 1992刊
これは、多分、斉藤史、道浦母都子の歌が載っているので、買い求めたと思う。
<世界より私が大事>簡潔にただ端的に本音をいえば  母都子
春を断つ白い弾道に飛び乗って手など振ったがついにかえらぬ  史  昭和15年の歌集より

はるかより声呼びやまぬわが族 おう・おうと応えて行きがてなくに  史 昭和51年の歌集より

史さんの歌は、2・26事件で処刑された兄・妹のように慣れ親しんだ青年将校のことをうたったものだと思えば、まさしく、歌は鎮魂歌であると思う。
母都子さんは、デモの中での己を詠んだ歌があるから、上の歌うーーんと感動する。

対談で、河野裕子が、「表現がうそっぽくないのがいい」と発言していたが、演劇にたとうれば、今の舞台がうそっぽく見えない、ってのと同義だと思う。「新劇は、うそっぽい」って、「演じられた近代」の著者がいいたかったのは、このことか、と短歌の対談を読んでしるから、濫読も、役にたつ(笑)

水原紫苑、林あまり、俵万智、松平盟子らの対談があったが、最初、歌舞伎、能、芝居の観劇の話がでてくるから、やっぱり歌作りと演劇は、関係があるんだよね。ショウトストリーの趣があるな〜歌は(^^ゞ
で、この10年前の対談で「政治の季節が終わったあとに、、、、(男性の)中年がいまさらかっこいい歌をつくってもしょうがないので、、、」と喝破されてる。断固としておいらは、家族詠はやらないぞ、って、そもそも最近歌つくってないや(爆)

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コメント

林あまりですか^^思わず「夜桜お七」を
思い出してしまいました(笑)

狂言、謡は不勉強なのでわかりません。
ちょっと勉強させていただこうかな♪

私も家族詠からは脱したいと思っています^^

投稿: アゲハ蝶 | 2005.04.14 20:40

おいでいただきありがとうございます。
そういえば、アゲハ蝶さんの「枯れ葉踏み」って歌は、社会人になって間もない女性の体験としても、読めるので、「演じ」ている歌として読んでます(^^ゞ

投稿: 悠 | 2005.04.14 22:55

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