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2005.06.28

バットマンビギンズ

腐敗のはびこるゴッサムシティ。ここをリセットして浄化を目指すデュカード、ここでも、腐敗をなんとかしようとする少数の、警官、検事補を助けて、街をめざめさせようとする青年ブルース=バットマンの闘い。まー単純化すると、こういう筋書きです。

善悪が入り混じってるが、善悪がはっきりしているものと違う。リセットしようとするデュカードが、「中世のペスト、これも、腐敗のリセットを目指す私らがやった」っていう台詞を聞いてると、闇の裏面史って感じがして応援したくなる(^^ゞ

デュカードに家を焼かれ柱の下になったブルースに執事が言う。
「日ごろの腕立ての訓練は何のためです?」

悪人が警察官に賄賂を渡そうとして、警官が受け取らないので
「?、理想主義者?」

モーガン・フリーマンが取締役から解雇されるとき、「?メモをみたかい」って言われて、最後に、今度は取締役が解雇されるときにモーガンが「?メモをみたかい」。

こんな台詞がしゃれてて、洋画はいいぞ~と。

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2005.06.27

クールビズ

上着+カッターシャツ+ネクタイってのは、英国をまねたでしょうな~。明治維新後、御前会議かなにかで、「これからも、着物で行く」「いや、西洋にごしてやっていくには、やはり英国を見習って、スーツ+ネクタイだ」ってな議論がなされて、着物派は負けたんでしょうな〜(^^ゞ 以後、天皇陛下は、着物を召されない。昭和50年代でも、近所の叔母さま連中は、普段着で着物きた方おられたような気がするけど、記憶違いかもしれない。

でも、今頃、着物が仕事着だったら、裃(かみしも)が残ってたら、と想像すると、おかしい(^^ゞ。

暑さがなんとかなんないのなら、着るものなんとかしてほしい、Tシャツで働きたい(^^ゞこうなると、やっぱり、ホリエモンにフジTVの社長になっといてもらうべきだったか(笑)。

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2005.06.26

アルトゥロ・ウイの興隆

アルトゥロ・ウィの抑えられたかもしれない興隆。興隆ってのは、「なりあがり」ですね。ブレヒトが設立した「ベルリーナ・アンサンブル」(劇団)の舞台。まードイツまで行ってる余裕はありませんが、お江戸まで、来てるってんで、暇を作ってみてきました。(こんなのを知的スノブ(俗物)っていいますんやろうな^^;。)席は空席もあったし。。。

ヒットラーが、チンピラだった1932からオーストリアに進出する1938までを描く。描くっても、アメリカは、シカゴにうつし、ギャングの「ウィ」が、青果トラストを掌握し、シセロの青果トラストをも支配するにいたるプロセスを描く、ギャングの成り上がり物語ですけど(^^ゞ。

ブレヒトは、芝居をみる人のカタルシスを拒否し、教育的効果をあげようとする芝居を書くから、(おいらはカタルシスにひたりたいぞ!^^;)、とイヤホーンで聞いてるのか、もうひとつわかりにくい。
まーレーム(後にヒットラーに粛清される)の立場からすれば、トップが、権力をにぎるときに、妥協し、いらなくなった同胞を粛清するのに気をつけなきゃ(中国でも「走狗煮らるれる」っていうでしょ^^;)。
オーストラリア宰相の立場になれば、ヒットラーの行為に沈黙すれば、あとで、殺されるとこまで行くでしょうが、って気がする。

でも、ウィを成り上がらせないために、どうすればよかったのでしょうね。青果トラストの面々。

舞台の最初は、犬になったウィ=ヒットラー、口と舌がまっかである。ヒンデンブルクドイツ大統領は、舞台の上の台座の上にいる。その後、ウィは、舞台の下から顔だけだしている、舞台を立ち回る。って立ち位置で、成り上がりを表現する演出。
ウィが成り上がった後、シェクスピア役者に、歩き方、立ち方、話し方の指導を受け、私たちが知っているヒットラーのように振舞う(このあたり、チャップリンの「独裁者」を意識しているかも)。このあたりがおいらには面白かったかな(台詞関係なしで笑えました(^^ゞ)。

それと、身体でかぎ十字をつくりながら、「信念、信念、こそが、私を指導者にする」って何回も繰り返すところ。(ヒットラーの秘書が書いた本でも、ヒットラーは、自分を天才だと思ってった、と書かれてたから、やはり、そういう信念がいりますんやろうね、興隆するには。秘書の本では、ヒットラーの犬好きの様子、犬に子が生まれないか心配する普通のヒットラーもかかれてはいるけど。)

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読書日記2005-06-26

「日本史鑑定」徳間文庫@篠田正浩(映画監督)×明石散人対談集
いやぁもう座談は多岐にわたっていて、古代から現代まで、でも、基本は、日本の天皇家の話題に関連してすすんでゆく。奈良のお水取りで有名な二月堂の修二会の「韃靼」(ただ、ばたばたと足を踏み鳴らす)が歌舞伎に連なっている、とか。(能で足踏みできるのは、主役だけなんだけど、これもからんでいるかな)。それと「三番三」(さんばそう)で、使う「黒尉」(こくじょう)ってくろい面は、インドのドラビダ族のようであり、イラン人のようであり、とか。って話から、天皇家の行事に道教、拝火教、などが影響しているとか、うーーん、とうなるような話がつづく。伊勢神宮の20年毎の遷宮の神宝を新たにするが、その神宝「須賀利太刀」(すがりだち)の太刀の柄に「トキの尾羽」が使われており、トキの絶滅は、これが出来なくなることになる、と、トリビアの「へ~」的知識がようけ載ってます(^^ゞ
昭和天皇は、靖国神社に参拝にいかれたか?(参拝されていた、A級戦犯が合祀されるまでは)靖国神社に西郷隆盛は、祀られているか?(いない)白虎隊の少年は、彰義隊の面々は?(祀られていない)。

「三人姉妹」白水社@チェーホフ、小田島雄志訳
今度、これを扱った舞台があるので、予習用に読む。モスクワからとおく離れた北の土地(5月にやっと春の兆しが現れる)で、モスクワでの生活を夢見る、オーリガ、マーシャ、イリーナの三人の姉妹。イリーナの明るい台詞から、夫にと定めた男爵が決闘で死んでしまう結末、「あたしたちの苦しみがなんのためか、わけりさえすれば」というオーリガの独白で終わる舞台。繰り返し、200年、300年あとからこの時代を見たらどうなるのか、て台詞と、どうなっても、どうあっても、なにも、かわりはしない、とい台詞がリフレインしている。三人姉妹を直接扱う舞台ではないけれど、どんな舞台になるのか楽しみ(^^ゞ

「日中はなぜわかり合えないか」Mo Bangfu(莫邦富)@平凡社新書
中国大学生の希望就職先に11位にサムソン電子がはいっている、日本企業で50位内にはいっているのは、「26位ソニー」「46位松下電器」の2社だけ。2002年の朝日新聞社主宰の「中国パワーを視野に」という副題をもつシンポジュームでの「今年から中国社員を正社員として採用することにした。課長までのポストも用意する予定だ」(大手家電メーカー海外事業担当幹部の発言)(えっ、課長までしかなれないのかよ、そんな、会社だれがいくかよ。人材が枯れると、会社の活力もかれるんだけどね^^;)

と、新幹線の行き帰りの読書でした(^^ゞ

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2005.06.23

電車男

もう邦画はみないぞ、って決意もものかは、電車男みてきました。
前半、電車男が2チャネラーの応援を得て、デイトにこぎつけ、デイトするあたり、何をしゃべって、どこでデイトして、、、ってあたり、昔、初デイトしたころの、心臓を直接外気にふれさせたような、ヒリヒリする感覚が、笑いにまぶせて、よみがえってきて、面白かった。
2チャンネルのぞかないので、どういう書き込みが行われているか、わからないのですが、おいらに分かる程度だったので、この辺には、不満のある人がいるかもしれない、と心配。
後半が、ちと、だれる、とくに、秋葉原を走るあたりはなんとかならないか^^;佐々木蔵之介さん、もうちょっと使いようがあるでしょうが、ってのが不満。中谷美紀は、「約30の嘘」以来ですが、いい役にあたってますね(^^ゞ。
インターネットカフェの3人が、変身したら、かっこよかったのにはびっくりかな(^^ゞ

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2005.06.22

爆発事件など

 「殺した、反省してる」高1長男を逮捕 管理人夫婦殺害
- 「緻密な計画と言えない」 光高爆発事件で弁護士(共同通信)

って報道がなされると、たいてい、加害者は、普通じゃない、なぜ、そん
な風に反応するかってなことが問題とされる。

しかし、被害者も、「いいか、お前の言動で、相手がつぎに反応してくる
ことは、いつも、予想のつく、想定内の反応ばかりじゃないんだぜ」って
ことを、忘れないでほしい。世間は予定調和にできとるんじゃない、つぎ
が、大きく言えば、次の未来の一瞬が予測できないのは、自明のことで
はないか。
その感覚がなくなっったのではないか。都会を歩くとき、ここから先は、
やばそうだぜ、って感覚をとりもどしてほしい。

 

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2005.06.21

読書日記2005-06-21

「綾とりで天の川」@丸谷才一@文芸春秋社刊
「徒然草」って、のんきなことが書いてある随想が、古典になっている国って不思議だよね、ってとこから、兼好法師が太平記に書いてある高師直が、塩谷判官の妻にあてた手紙を代筆したという説(これは嘘ですよ)へと。「東日流外三郡誌」「武功夜話」等の偽書作成の動機を忖度し、さらに、最上川舟歌が、ヴォルガの舟歌に想を受けた昭和の作であり、この舟歌が民謡であるとされた場に柳田国男、折口信夫等が試聴している、うーーん、綾取り風につながってますね(^^ゞ。途中の話、ストーンヘンジの話とかは、私が省いてますけど(^^ゞ

こんなのを読んでる最中、本屋で手に入れたのが、ウィリアム・C・フラナガン作、小林信彦訳、「ちはやふる奥の細道」@新潮文庫。平成11年第5刷ってあるから、ほんと、よう、見つかったね、って本。じつは、これ、イザヤ・ベンダソンが書いた「ユダヤ人と日本人」みたいに、小林さんが、作者をでっちあげて、書いたもの。
これが、ゲラゲラ、もので、たとえば、
「サビから派生したものに「しおり」があるが、これは、、、芭蕉の俳諧の師海原しおりから伝えられた」「のざらし紀行の旅の目的について、ハワイ大学の芭蕉研究の第一人者日系三世のイッセイ尾形氏は、、、、」「永平寺の我嘲禅師の開眼のお言葉と同じく芭蕉も《我嘲(がちょーん)》で開眼した、その証拠に修行僧は《波羅法梠秘令(はらほろひれ)》とばかり、、、」佐渡的の注に「囚人労働者の多くが虐殺されたことから、残虐行為を佐渡的と呼ぶようになった。明治以降はsado-ismと英語で表記されるようになったが、、、」
とか、ギャグ満載。
それに、米語の翻訳って体裁をとっているので、米映画の知識がふんだんに引用されている(こちらのギャグは、元になる米映画の知識がないので、あまり笑えない(;_;)。

小林さん週間文春に連載をもってはり、そこで進められた映画ははずれたことがないので、必ずみてます。たとえば、下妻物語、ショーン・ペン、クリント・イーストウッド、ちなみに、ニコール・キッドマンのファンです(^^ゞ

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2005.06.20

パルタイ@倉橋由美子

さきごろ、倉橋由美子が亡くなった。気になってはいた作家ではあったが、江藤淳が嫌ってたので、本は知ってたけど、読まなかった。高校生のころは、江藤淳が朝日新聞の月刊書評を担当してたと思うけど(記憶自信なし??) 本を眺めたことはあるが、都会的で、おいらのような田舎で育ったものには、なんだか、、、ってのがホントかもしれない。 「パルタイ」を読み直してみたら、お、カフカの小説みたいではないか、当時は、党を表すパルタイってだけで、毛嫌いされたり、なんとかしてたと思う。 「大人のための残酷物語」たとえば、白雪姫とか、一寸法師とか、ちょっぴりHな内容でもある。教訓「愚か者が幸せになることはありません」@白雪姫等も、反世俗的である(どだい、こんなので教訓を得ようと言うのがまちがってます(^^ゞ) 「手作り」ってのも、こうして作られたものは、心がこもっており、心がこもっているものはたっとい、ってなのを、「やっぱり、能力、作品の出来が重要」と、からかっている文書(小説論ノート@「あたりまえのこと」)にであうとホットする。
まー昼間から、パチンコ屋で、パチンコ打ってる連中も一生懸命なんだから、「一生懸命やってるってだけで、価値はないぜ」ってのと同じか(^^ゞって、世間から非難がきそうだけど。こういう、日本にはめずらしい感性の人の死を悼む。

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2005.06.18

SAHARA

筋は、映画案内でもみてね。
南北戦争末期の南軍甲鉄艦さがしの二人が、アフリカで起きている難病の調査をしているペネロペ・クルスとが、その原因を確かめ、原因をなくすために協力する物語なんだけど。つぎからつぎへのアクション。日本映画も見習ってくだされぇ。

クルスの同僚が、将軍に殺されるときの会話
将軍「これは、一発27セントなんだ」(値段については、あやふや(^^ゞ)
同僚「そんな金があるなら、疫病対策につかえ」
バーン

相棒同士の会話
「お前、らくだしってる?」
「尻をかまれたことがあるけど、なぜ?」
すぐに場面は、らくだに乗る二人。

アフリカ兵士に見つかった二人
「How are yuu」

こんなアメリカンジョークがまざってのアクションドラマ。
いいなあ~(^^ゞ
戦国自衛隊も、涙っぽい場面とか、日本を強国にするとか、平成の人を守るとか大義な場面を入れずに、前みたいに、歴史を変えないって一点に絞った活劇にしてくれた方がいいぞ(^^ゞ日本映画の情緒面々は、技術のなさを人柄で補う医者みたい(ちがうか(^^ゞ)。

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戦国自衛隊1549

自衛隊員鈴木京香の実験のせいで、自衛隊員鹿賀丈史らが、戦国時代にワープし、信長天導隊として活躍している。鹿賀は信長になっている。鹿賀らは、戦国時代の日本を強権国家に作り上げ、日本の歴史=ひいては、現在、のほほんと平和に生きている現代を変えようとしている。ところが、それでは、現代人が死んでしまうってんで、江口洋介、鈴木、生瀬勝久ら自衛隊員をワープさせ、加賀の命を奪おうとする。江口らに現代にワープしてこれるための時間は74時間27分。果たしてワープしてこれるかってな映画。

まーコンピュータが故障して、一生懸命直すーで、元通りになっただけ、ちゅう物語と似てるか(>ちがう!)画面に残された時間が刻々と出るので、帰れるかどうか、はらはらさせる。おい、おい、死に際そんなにゆっくり思いいれたっぷりにやっていいのかいってなとこもある(でも、忠臣蔵の浅野内匠頭なんか、ゆっくり死んでいくから、伝統か(^^ゞ)
自衛隊員が、鹿賀を殺す江口に協力して死んでいく、江口、鈴木を生き延びさせるため生瀬(生瀬が殺される直前でも、殺しにくる武士向けてではなく空向けて発砲する「現地人をうってはだめだ!」(これって生瀬さんがやってたからギャグだと、思って笑ったけど、ちがうんやろうか(^^ゞ)。
戦国時代にワープした戦車隊を、戦国時代の侍たちが襲うが、これがつよいんだ。これって、最新兵器のアメリカ隊に挑んだベトコンみたい(^^ゞ。しかし、江口らが、戦国時代にいるのに違和はないし、現代にワープしてきた侍を、現代でいろんなことをさせたら面白かったのにと思う(^^ゞ

ただ、「強い国家にする」@鹿賀、「平成の人を守る」@江口、「未来とは、人の希望だ」@とか出てくる言葉にちっとも惹かれないちゅうか、なんちゅうても、、こちらに訴えてくる台詞がないので、このあたりは面白くない。だから、人の死も感動でも、おいらは、こころ動かない(^^ゞDrコトーとか、人が死んで感動させるドラマ、基本的には好きじゃないんやけど、「人が死んで感動」ってのにも、ドラマのスキルがいるんやなぁと納得。
鈴木京香の声、いいなぁ、と聞いてたら、あ、そうだ、おいらがファンしてる女優さんの声に似てた\(~o~)/。

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2005.06.16

稽古日誌2005-06-15

「膏薬練」の稽古。鎌倉の膏薬練と京都の膏薬練が出会って、舞台で、膏薬の効力を吸わせ比べる。京都と鎌倉の膏薬練が駿河あたりであう。舞台の端にいる京都の膏薬練を鎌倉の膏薬練が吸い「なにとなにと、鎌倉の方まで吸い寄せたではないか」という台詞とおり、舞台の端から端までつれてくることにより、駿河から鎌倉まで飛ぶというイメージなのだそうである。あーそうか、そういうことだったのね、っても、舞台みてる人に伝えるのはむつかしい。だって師匠、やってる本人がわかってないんですから(^^ゞ。

「空腕」相方がいないので、相方を務めることとなる。太郎をやってる人は、半年稽古してる。台詞ははいってるんだろうけど、主が相槌をうつと、つまる。おいおい、「これはあんたの一人舞台で、おいらは相槌うちにでてくるだけなんだから、つまらないでよ。そんなとこで笑いとっても」ってな感じ。なんとかしておくれ。おいらは、はじめてだから、台詞つまっても、助けてあげられない。。。。。。沈黙にならないようにね(^^ゞ
いづれも、舞台までは日読み(笑)

ps 空腕は、弱い太郎が、主人いは、できる使い手であると虚勢をはっている。主人から夜使いに出され、途中、木を野伏とまちがい、許しをこい、ホウホウの体で、主人から預かった刀も、ものかは、主人の元にもどる。主人は、このことを知っていて太郎をからかう。
太郎が、木とかを野伏とまちがい、弱弱しく、許しを請う、かえってからは、主人に、野伏と勇敢に闘った様をかたる、まー太郎の一人語り舞台。

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2005.06.15

短歌の作者と短歌の中の主人公

短歌を詠むとき、短歌を作ってる人と短歌の中の私の距離を感じることはあまりない。
短歌の作者=短歌の中の主人公という図式が一応頭に入ってるからだ。
(これって、日本の私小説に似ているというか、私小説が、日本の短歌・俳句の伝統の続きかもしれない)。
もともと、俳句は、連句であり、詠む人ときりはなしては考えられない。「五月雨をあつめて凉し最上川」(これは句会の芭蕉のj発句、今日はすずしいですね、って仲間への挨拶句)が、単独では「五月雨をあつめて早し最上川」となっている)

1 死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞ゆる  斉藤茂吉
  これは、作者の体験を読んだもの  短歌の作者=歌の中で添い寝し、蛙を聞いている  人=歌の中の私

2 ハイヒールで枯葉を踏めばシャンソンの流れて吾は女優になるかも 三島麻亜子
  虚空にシャンソンを聞き女優になるかもという歌の中の私は、18-22くらいの少女である。歌を読んでいる作者は、多分30を超えているであろう。とすれば、作者は、体験を、18-22の私に仮託し、18-22の女性を演出している。作者と歌の中の私は、同一視できないはずである。

3  わが天使なるやも知れぬ小雀を撃ちて硝煙嗅ぎつつ帰る  寺山修司
  硝煙かぎつつかえる少年は、作者=寺山とは同一視できない。寺山は、鉄砲をうった少年を想像で作り出し、その少年の体験を歌っているとしか読むしかない。ここまでくると、作者=小説の主人公ではない、小説、演劇に近い。
(「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの(俵万智)も2より3かな)

でも、もともと、1もひょっとして、作者=主人公ではないかもしれない、また、2、3も、作者=主人公と読むことで2重の私をつくるだすのに成功している。

だから、どうなんだって言わないでね(^^ゞ

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クローサー

そうだ、この映画で、アリス(若い女)、ダン(記者)、アンナ(写真家)の3人の物語とすると、アリスとダンは恋に落ちる、でも、満たされないダンは、アンナに恋し、アンナは、ダンに恋しながらも、医師と結婚しながらも、ダンと不倫を続けるって物語なんだ。アリスだけが、男女で、互いに隠し事なく過ごそうとし、もし、真実があらわになって、男女の関係がダメになったら、それはそれで仕方がない、と思っている。ダンとアンナは、互いに結婚してしても、どこか、満たされないものがありながら結ばれている。

こういう物語なんだ、これは、普通だ(ってこともなく、まーよくあるって意味で)。

ところが、変態とも思えるラリー(って映画の感想多かったですが(^^ゞ)がはいって、じゃ、性は?ってすべてに問いかける。このラリーがノイズなんだ。
このノイズが入って、はじめて、アンナーダン ダンーアリスの恋物語が現代の恋愛として理解できる。そういう構造になっているのだ。まーオートバイ乗ってる子が音を出さないと乗ってる気がしないってんで、音をだす、それに似てます(^^ゞ

わからないけど、引かれるってのは、ノイズをいれるダン、ダン=ノイズが入って、はじめて、現代の恋愛が分かるって構造になってるからだと思う。日本人には、あからさまなダンは、ノイズ過ぎるかもしれない。でも、ダンがいないと、せいぜい、渡辺淳一の小説みたいなもんだったんだ、この映画(^^ゞ

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2005.06.14

私はヒットラーの秘書だった

トラウデル・ユンゲ著@草思社 2004-1-28
1942から1945・4・22までヒットラーの秘書だった人の手記。
「狼の巣」とよばれた本営ー山荘ー防空壕での生活。

ヒットラーが人の心をつかむのがうまい。秘書採用の時点から彼女はカリスマを眺める目で、ヒットラーを見ている。ヒットラー暗殺未遂事件で、いつも、頭を撫で付けているヒットラーの頭の毛が逆立ち、ズボンが腰蓑みたいになっているのをみるころまでは。
ヒットラーは、夜、サロンのように人を集めて雑談していた、会話が楽しみだったんだ。映画・演劇好きだったのに、なぜか、本営での映画は見ない生活ーまー禁欲的でしたんやろうね。

ビックリするのは、ヒットラーが、米英、ロシアが攻めてきており、帝国が崩壊するのに、この様子をしろうとしなかったこと、自殺に際し、次の指導者、閣僚を指名していること、--うーーん、やっぱり、情報はシャットアウトされると危険なんだー、自分は天才だと信じている様子がかかれており、本当に帝国の存続を疑わなかったのだろうか。おいらは指導者の情報収集力はすごい、情報に基づく判断は正しい、って思ってるけど、ちがうんだね。

ヒットラー死亡、帝国崩壊後、逃げる秘書たちが、ロシアに捕まるより、米英につかまろうとするところ、実際、注をみると、米英につかまった連中の方が刑がかるそう、最後まで、頭を働かせて選択しなきゃって思います(^^ゞ

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2005.06.13

半島を出よ

一人一人の人生が交差するってのがうまく書かれてました。
たとえば、イシハラのグループに属する少年ヒノ、母親が住んでた家に毒が塗りこめらていると信じており、父を殺し、自分を殺そうとした。福祉施設にいれられたが、施設を放火などしてイシハラの元に来る。最後の重要な場面、高麗反乱軍に殺されるかも知れぬ状況で、workを続けながら、突然、母親が感じた恐怖を感じ、理解する。
反乱軍の2枚目スリョン、詩人であった父は、「読む側に立った詩をかけ」と遺言し、自殺のような死を迎える。芸術を専攻し、日本に来てから、「マスゲームこそが退廃だ、多数のために少数が犠牲になることこそ退廃だ」と、父は、「生き延びろ、権力を出し抜け」と教えてくれたのだと悟る。
赤坂の高級レストランとかは、私の想像外なので、こんなもんかな(^^ゞとか、イシハラが分かりにくいが、まー老荘、昔の福岡玄洋会、夢野久作の父とか思い浮かべれば、なんとなく想像がつく。
作者は、政治家、官僚、国民が、重要なことが少しも議論されず、政治家、勤勉な官僚が、細目だけは、きめ細かく動かしてゆく、現代の日本にいらだってるな~って感じがします。

まー、ある事態をつくりだすことによって、現在の姿が浮かび上がってくるって仕掛け。
イシハラの仲間だけが、それも、ヒノのような集団が、重大なworkをし、また、生き延びた仲間は、また、自由にやっている、すべては自由だ、、、。

イシハラの仲間は、多数派に組しない、人に良く思われたって、悪く思われたって、そんなこと気にしたってしょうがない、好きに生きて、それで、あえばいいし、あわなくてもしょうがない、、、そんな思いを確認させてくれる。

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2005.06.12

半島を出よ@村上龍

幻灯舎刊2005-3-15 昨日、買って、鞄に詰めて、所用で行く電車の中で読み始めたら面白かった。帰りの電車おりても、駅の構内で、続きを読み始めていたくらい、っても今日も通勤電車で読んでました。 物語は、2011-12、北朝鮮の精鋭部隊が、「高麗反乱軍」を名乗り、野球を見に来ている福岡ドームの観客を人質にし、福岡を制圧し、部隊を引き入れる。政府は為すすべもなく、福岡を封鎖してしまう。その後、12万の部隊を呼び入れ、これで、日本を征服しようという北朝鮮の陰謀。 反乱軍は、福岡市と共同して独立宣言を出す。これに対抗するのは、結局、ホームレスとなった少年たち-イシハラという熟年の元にあつまった、父母を殺した少年、母に殺されかけて少年、ま、佐世保少女殺人事件の加害者みたいな少年と思って下さい。 日本は、インフレが進行し、失業率がアップしている、消費税は17%をこえている、アメリカは、北朝鮮と和平交渉をしているし、中国に目を向けて日本を助ける気配なし、の状況でおこる。 日本側政府、政府で働く閣僚、その他の官僚、韓国精鋭部隊の人たちの生い立ちなど、なるほど、ってな具合で書かれている。え、えっ、住基ネットってこういう危ない使い方されるんだ、政府って、セキュリティのこと何にも考えてないのかい、そりゃ、セキュリティ考えなきゃやすくあがるけど(--;) この間読んだ、内田樹「14才の子をもつ親へ」でも、佐世保殺人事件の加害者が精神鑑定の結果、異常ではされなかったことに注目している、いつもなら、異常ときりすてて、私らは、関係ないとすましてるけど、これは、現代の普通の少年に起こっていることなんだと認識せよ、と書いてた。村上龍の認識もこれに近いか。 私らが享受している豊かさ(逆にいえば、北朝鮮の貧しさ)の肯定。組織的に上下の関係が厳しい、組織の強さと弱さ。たとえば、精鋭部隊9人は、親しい友として、日本に入り込むんだけど、互いに親しい会話ができない、北朝鮮ではフランクな会話がない。コンバットってTVドラマがあって、ガムかみながら、雑然と歩いてくる、兵隊をみてたけど、これに日本は負けたんだもんね(^^ゞ 少年たちの自由さ--イシハラのいうモジョリティ(マジョリティじゃなく(^^ゞ)にならない、ミリオンダラー・ベイビーで、「自分を守れ」とマギーとフランクは何度も確認するが、少年たちは、これを実践しながら、共同作業もする、なんだろう、これに村上龍は、希望を託しているように思う。朝鮮以外の氏名の表記で、少年たちらのホームレスは、人名はカタカナ表記されている。 と、ここまで書いたけど、書き足らない(この項続くか(^^ゞ)。

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2005.06.10

見守る人

フォーガットンは、ジュリアン・ムーアが、周りは、だれも信じないが「子供がいた」と思ってる、これに、ドミニク・ウェストが「子供がいた」ことを思い出し、ムーアを支える。ミリオンダラー・ベイビーも、ボクシングの才能をもつマギーを、天才トレナーフランキーが、トレーニングを引き受ける、マギーの才能を信じる人ができたわけだ。ホステージは、ブルースは、その点、彼の才能を信じるのは、犯罪者ともいうべき存在。観客に主役の思ってることが信じられるか、どうか、を、まず、主役の思いを支える人を画面にだす。それで、観客は、映画の脇役をつうじて、主役の能力、思いを信じていいんだ、って安心をもたらす。こういうことになってるんだ(^^ゞ
能は、僧であるワキが出て、老婆とか、子供とか、老人と話していると、途中でいなくなる。でつぎにでてくるときには、「私は小町」「おいらは田村麻呂」「おいらは義経」なんて出てきて、当時を現前さす、ってなものがおおいが、これも、見守る僧がいなきゃ、ホントって気がする。

ps  歌人塚本邦雄氏死去(84歳)家族詠、自然詠のない歌人だった。「前衛短歌の旗手」と、新聞にある。合掌。

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2005.06.09

稽古日誌

舞台終わったあとは、「悠くん、天才!!あいむはっぴー」(素人は反省しちゃいけない)なんて気でいて、この間、先に舞台のときの、謡のテープが来て、「おいらうまくなったな~」って悦に入ってて、次にきた仕舞のビデオが届いて、見てびっくり。「え、えっ、おいらに限って、手を振って歩くなんてことが!!!」って、そのまさかが写ってました(;_;)、なんなんだ、先輩の舞台みて、「けっ、手なんぞふっちゃいかんぜ」なんて思ってたのに、自分がそんなことをしてるとは。
この間、狂言の稽古で、歩いているとき「手をふらない!!」って師匠から注意が飛んできたけど、「ちょっとしたミス」なんて思ってたのに、重症だったのだ。。。。。。なおさなきゃ^^;

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アメリカ 過去と現在の間

古矢旬@岩波文庫 2004-12-21 現代アメリカを動かしている、ユニテラリズム、ネオコン、原理主義(キリスト教)、、、と相互の関係を解説。おいらがおもしろかったのは、キリスト教原理主義。聖書に書いてあることを信じ、ダーウィンの進化論を排斥する。同性婚、中絶を禁じ、中絶を行う産婦人科医院をテロすることもじさない頑迷主義者。え、こんなのが力もってるのて感じ。 南部、中部に多いとか。そういやぁ、ダーウィンを教えるの禁じてたりしてる学校が話題になってたな〜。移民の国アメリカは、ヨーロッパのように聖職者、教会の組織をもたず、移民者の信仰心の問題としている古い伝統による。 うーん、映画でいえば、「ビリッジ」(??)(森をでると悪霊に殺されるという森の中で生活する人々、恋人が瀕死の傷をおったため、盲目の女性が、アドバイスを元に、薬を求めて森をでるっていう映画でした。題名自信なし(^^ゞ) この原理主義、しぶとく、生き残っていて、ケネディ、クリントンのとき、逼塞し、カーター、ブッシュのときには息を吹き返す。しぶといでんな(^^ゞ

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2005.06.08

ホステージ

ブルース・ウィリス、冒頭で髭面で出てきますが、署長になってスキンヘッド・髭無し、おいらは髭面が好みだな~。まー展開が読めないので(あ、これおいらの頭でねっって意味)はらはらとして面白かった。ベン・フォースター(マース役)の何するんか、わかんない恐怖感もあったし。しかし、おびただしい、人が死ぬし、篭城してた家は燃えるし、でも家族愛が歌われてたな。フォーガットンも家族の記憶を失うのを拒否し、家族を取り戻す話だし(そういえば、認知症も、親しい家族のケアの有無で、症状の進行が違うとかだし)。
それと、ミリオンダラベイビーのような、ユーモア(たとえば、マギーが、病院から車で移動するとき「行きは飛行機で、帰りは車でっていったでしょう」なんてユーモアがないしな~。
目が内向いてゆく(外のことに気づかわない)って前兆ではあるまいな(^^ゞ

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フォーガットン

あらすじはかけない。だって、それだけで(ごめんなさい、いいすぎです)もってる映画で、つぎはどうなるの、どうなるのって興味でつないでいく映画なんだ。ジュリアン・ムーアとドミニクウェストも走る、走る。女優さんって、身体鍛えてるんだって思う。
ジュリアン・ムーアとドミニクウェストの会話
ド「あんたTVみる?」
ジュ「本を読む」
ド「クソ・インテリなんだ」
ジュ「クソ編集者なの」

てので、笑った(TV見ずに本好きの自分への反省こめて(^^ゞ)この役にジュリアン・ムーアはぴったり。「めぐりあう時間たち」で、アメリカ50年代、子供と夫を捨ててゆく女性、つぎの現代で、エイズにかかった詩人が窓から飛び降り自殺した後現れる母親(これで、ふけ顔つくってました)も良かったですが。他の俳優、ゲイリー・シニーズ、アルフレ・ウッダード、アンソニー・エドワーズ(この映画ではじめてみるんですけど(^^ゞ)もよかった。

ジュリアン・ムーアが一人で住んでるドミニクウェスト宅を訪れ一晩家にいるとか(何もおこりませんが)一緒にいていいの?って気がすんだけど、いいんでしょうね(^^ゞ。
(ジュリアン・ムーアが自宅で使ってるノートパソコンは、macでした)。

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2005.06.05

その河を超えて、五月

作 平田オリザ+金明和 演出 平田オリザ+李炳焄
日本側 三田和代(会社重役の妻)、椿真由美(フリーター)、小須田康人(クレー射撃の選手、在日韓国人)、佐藤誓(介護会社の営業)、蟹江一平(学生、元不登校)、島田曜蔵(観光客)
韓国側 白星姫(イの母)、イ・ナムヒ(長男、韓国語教師)、ソ・ヒョンチョル(イの弟)、チョン・ジェウン(弟の妻)、キム・テイ(射撃選手の恋人)

物語 韓国語初級クラスの生徒と先生の家族が花見をする。イは、長男であるが結婚していない、弟夫婦は、カナダへ移住しようとして、母に言い出せないでいる。母は、9歳まで、戦前の日本語を押し付けられた生活をしていた。 日本人のサラリーマンは、朝鮮を経済的に劣った国と思っている。その他の日本人は、韓国語+韓国を愛している。
舞台には、桜の木が一本。幕はなく、始まる前から、白、三田が舞台に登場して、桜を眺めたりしている。韓国人俳優の言葉は、舞台横に翻訳されていく。片言の韓国語、片言の日本語を使いながら、双方のコミュニュケーションが図られてゆく。選手の恋人が、韓国側の言葉を日本人俳優にときどき通訳し、日本人俳優の言葉は、ときどき、韓国語教師のイが通訳する。

韓国で、移住がはやっていることを知る。手続きを代行してくれる会社があるらしい。台湾人が、子供に保険をかける意味で、外国にっ留学させたりしているのと、似たような事情か。日本人は、島国だから、国家に任せきり、会社に任せきり、国家が崩壊したり、会社がなくなったことを考えないから、亡命、移住ってことも考えんしな~。たんたんと、それぞれの抱える家族・日常の問題、それと、対応する何も考えていない日本人のずれ、それでも、コミュニュケーションを図ろうとする、図れる。その中で、戦前の問題、結婚の問題(韓国では、日本人との結婚はタブーである、、、)が、個人の問題と同じようなレベルで声高ではなく、取り上げられる。ときどき、韓国語で「迷子の子供がいます、7歳、、、」というメッセージが流れなければ、舞台は日本ではないかと思うほど。
最後は、中国の黄色い砂が流れてくるのを眺めて、終わる。
深刻な話題だけど、コミュニュケーションの齟齬が、笑いを誘っていた。
たとえば、日本人側が、弟夫妻に自己紹介するのは、名前以外は、みな、弟夫妻が知ってることであったりとか、「私は、韓国語教室に通っています」とか(日本人って日本語でやっても、自己紹介下手だよね^^;)。日本人の新婚旅行客男が、ツァーからはぐれて仲間に加わるとき、「海外新婚旅行の模擬旅行がある」と紹介するとか。おいらのツボは「在日のキムチは辛い」「それは、辛さに民族のアイデンティティを求めるからだ!!」
日本人どうしでも、会社員が不登校児に説教したり、介護の営業員が、重役夫人におべっかつかったりとか。

最後は、韓国側、日本側が意思疎通を図ったが、中国は、ってことを想起させる。まー焼酎業界と日本酒業界が意思疎通を図ったが、あれ、ビール業界とはどうすればいいんだ、ってのに似てるか(へんなのにたとえるな!)
でも、この間なくなった歴史学者の網野善彦が、「よく日本では、芸能とか、技術が、韓国から来たって言うけど、来たのではなく、同じような社会だったのではないか」「福岡の友は、東北の友に、《福岡は韓国に近く、向こうの言葉の方が耳慣れしている、おれは、お前の方が外国人って気がする》っていってた」ことを考えても、韓国と日本、うまくいってほしいよな、と思う。

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恥ずかしい読書

なぜ、わかりもしないのに、難しい本を読むのかの説明には、この感想文を読んでもらうほうがわかりいい、かと。2004-12-21の旧ブログの記事を移行しました(^^ゞ
永江朗著@ポプラ社刊
第1章 歯磨き読書 一日3回哲学書でギアチェンジ etc
第2章 教科年間  読書にあわせて服を変える etc 
 :
読書に憑かれた人向けようには面白い。「哲学書なんてなくっても、なくってもかまわない、難しいのになぜ読むか?」=「ものすごいことがわかったらどんな にいいだろう」(って気がする)(ふ、ふ、ふ、おいらもそうなのだ(笑))。で、提唱されているのが、歯磨きのついでに、哲学書を少し読むって方法(にん まり<そんなことができるか(笑))。
なぜ、今日は本屋にいくぞ!!と気合を込めて本屋にいかんのじゃ。(わかる、わかる、、映画とかショッピングはそうだもんね(^^ゞ)。で、読書をずるず る続けていくのはいかん、メリハリをつけて、「今月は、村上春樹月間」と決めてハルキを読む(うーーん、これはいいアイディアだ、おいらも「中井久 夫の全集買ってるから、中井久夫年間にしよう(爆))と気合が入ってくる。でも、これって、世間的には、だんだん、普通からはずれるよね^^;

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2005.06.04

読書日記2005・06・03

「中学生のための社会科」吉本隆明@市井文学刊 2005-03-01発行
中学生ってかいてあるから、いつもよりは、理解しやすいかなって買ってきた本。「政治と文学理論を否定しきれなかった根拠は、、、、、唯物論と経験批判論にあるのだ」って、おじさん、中学生っていうか、大人にも、むつかしすぎますってば(笑)。でも、いつもの本よりはわかりいい。「今年の冬は一塩さむかったですね」という一塩が、一度、染色液に布を浸したように、というところからきている、「丹(に)ほう」が「音なう」(おどなう)、「あがなう」と「ほう」=「なう」は語尾につく語で、丹は、丹土(赤い土)からとった染料、で「丹のう」は朱色が目立った状態を示す語で、いまでの「くれないにおう」とか「朝日ににおう」とかに漠然と使われている。なんて書いてあるのを読むと、ひとつ賢くなった気がする(笑)。

「人類と建築の歴史」藤森照信@ちくまプリマー新書 2005-05-10発行
建物の起源が宗教と関係していることを知る。うーん、そうか、すべては、宗教に起源があるのか。建築史の本はピラミッドから始まるそうで、ルーブル美術館新館もピラミッドに想を得ている。諏訪大社の巨木である御柱は、ヨーロッパのスタンディング・ストーンと同じもので、神社建築は、このスタンディング・ストーンである柱を建物で覆ったものだ。出雲大社は、48m=ビルの16階分の高さをもつのは、周囲の杉の木より高く、森を眼下にみながら太陽が昇るのを眺められるようにということだ。春日神社の本殿は小さいが、これは、なんのことはない、お神輿を建築化したものだ。

うーん、そうだったのか、と、おいらは、建築になんの関心ももたずにきたが、ここでも、宗教ってのは、ひとつのキーワードなんだ。芸能の起源が宗教と関連をもつのと同じように。
E・ホッファーが、西洋の文学の起源は、文字を書く人、権力者に使える人が、政権が没落して、職を失った人が、物語を作ったことであると書いてたけど。日本の場合だと、もともと、神への祝詞とか、神にささげる言葉を記すってことからきている、ってのが折口信夫説だから。

「イン・ザ・プール」奥田英朗@文芸春秋社刊 2002-05-15刊
昨年に「来春映画公開、松尾スズキが、、、初主演」って書いてあったので、購入。ところが、映画はおいらの近所は素通り(;_;)。白デブで注射好きの精神科医伊良部+グラマーな看護師マユミのいる病院を訪れる水泳中毒、携帯中毒、火事が起こるのではないかと心配して家をでられないライター、ストーカーに追われていると妄想するコンパニオン。
治療は、伊良部が、彼らのさらに上をゆく狂気をしめし、彼らの病気を解決するというもの、これってセラピーとしては、有効ではないか、と思う(笑)

今週は、風邪引いてたんだけど、やっと、なおりつつある。おいらは、常の体重より、2kg増えると、風邪引くみたいで、2kg落ちて直ってゆく。まず、鼻水がでて、鼻がつまり、、、、せきが出て、のどに来てなおる。なんか、法則性でもあるのかと思うほど、いつも、一緒なんだ(爆)

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