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2005.06.05

恥ずかしい読書

なぜ、わかりもしないのに、難しい本を読むのかの説明には、この感想文を読んでもらうほうがわかりいい、かと。2004-12-21の旧ブログの記事を移行しました(^^ゞ
永江朗著@ポプラ社刊
第1章 歯磨き読書 一日3回哲学書でギアチェンジ etc
第2章 教科年間  読書にあわせて服を変える etc 
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読書に憑かれた人向けようには面白い。「哲学書なんてなくっても、なくってもかまわない、難しいのになぜ読むか?」=「ものすごいことがわかったらどんな にいいだろう」(って気がする)(ふ、ふ、ふ、おいらもそうなのだ(笑))。で、提唱されているのが、歯磨きのついでに、哲学書を少し読むって方法(にん まり<そんなことができるか(笑))。
なぜ、今日は本屋にいくぞ!!と気合を込めて本屋にいかんのじゃ。(わかる、わかる、、映画とかショッピングはそうだもんね(^^ゞ)。で、読書をずるず る続けていくのはいかん、メリハリをつけて、「今月は、村上春樹月間」と決めてハルキを読む(うーーん、これはいいアイディアだ、おいらも「中井久 夫の全集買ってるから、中井久夫年間にしよう(爆))と気合が入ってくる。でも、これって、世間的には、だんだん、普通からはずれるよね^^;

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コメント

昔読書に夢中だった頃、漱石なら漱石ばかり、藤村なら藤村ばかり、文庫本片っ端から買いあさって読破というスタイル。
で、読んでるうちにその人の表現というか、だんだん鼻につきだしていやになってくる。
同じネタを何度も使う作家、遠藤周作、あ、ここでもやってうんざり。
松本清張はその点うまかった。同じネタと感じさせないような扱いをしていた。
ものすごい博識と思っていたが作家は資料を机の回りに積み上げてそれを見ながら書いてるとか、まず資料をそろえてから書き始めるから資料探しが大変だとか。
でも書いたことって案外頭にはいるからやっぱり博識なんだね。
あんなに夢中になって読んだけど私の頭は空っぽ、なんでや・・・。

投稿: かと | 2005.06.05 03:07

読んでも頭に残んない、そんなのよくあります。
夜、気になって、朝一番、仕事場につくなり、本をくってみると、そこに赤線が引いてある!!前にも調べてたんだ(爆)。

投稿: 悠 | 2005.06.05 12:16

自分でやってないくせに言うのもなんですが…。
「音読」と「書写」。これが記憶には一番良さそうです。
って、それしてたら、たくさん読めないじゃ~ん。(泣)
なんでも浅田次郎は、三島由紀夫とかの小説をがんがん書写しまくっていたそうで、そらもう…。
自分は、めちゃくちゃデス。>○○月間、とかしたことない。最近は『壊れる日本人』(柳田邦男)読んで、浅田次郎の最新刊読んで、『半島を出よ』(村上龍)と『私はヒトラーの秘書だった』です。その前は『海辺のカフカ』(村上春樹)で、その前は、司馬遼太郎をあらかたやっつけ…。『残酷な神が支配する』(萩尾望都・マンガ)10冊を2晩で、という具合です。

ほんと、特定の著者に限定してがんがん読んでしまうと、だんだん「耐性」ができるみたいで、おもしろくなくなっちゃいます。慣れちゃうんでしょうか。そろそろアイザック・アシモフ(高校時に愛読)に戻ろうかな…なんて。

気になることは、付箋に書き留めるようにしてます。その付箋を手帳に貼り付けておきます。おかげで手帳は、ぶくぶく。部屋の中も付箋だらけです。(爆)

投稿: あかん隊 | 2005.06.05 16:24

そうそう、おいらは並行読書派なんです。何冊かを同時進行で読んでないとダメで^^;今、王家衛的恋愛、シモネッタガセネッタ、等々。おいらは、気になったとこ、後で探すの下手で、最近は、付箋をつけるようにしてます。で、付箋緒ないときは、本のページの片隅を「ごめん」って言って(uso)折ってます^^;

投稿: 悠 | 2005.06.05 21:09

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