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2005.06.05

その河を超えて、五月

作 平田オリザ+金明和 演出 平田オリザ+李炳焄
日本側 三田和代(会社重役の妻)、椿真由美(フリーター)、小須田康人(クレー射撃の選手、在日韓国人)、佐藤誓(介護会社の営業)、蟹江一平(学生、元不登校)、島田曜蔵(観光客)
韓国側 白星姫(イの母)、イ・ナムヒ(長男、韓国語教師)、ソ・ヒョンチョル(イの弟)、チョン・ジェウン(弟の妻)、キム・テイ(射撃選手の恋人)

物語 韓国語初級クラスの生徒と先生の家族が花見をする。イは、長男であるが結婚していない、弟夫婦は、カナダへ移住しようとして、母に言い出せないでいる。母は、9歳まで、戦前の日本語を押し付けられた生活をしていた。 日本人のサラリーマンは、朝鮮を経済的に劣った国と思っている。その他の日本人は、韓国語+韓国を愛している。
舞台には、桜の木が一本。幕はなく、始まる前から、白、三田が舞台に登場して、桜を眺めたりしている。韓国人俳優の言葉は、舞台横に翻訳されていく。片言の韓国語、片言の日本語を使いながら、双方のコミュニュケーションが図られてゆく。選手の恋人が、韓国側の言葉を日本人俳優にときどき通訳し、日本人俳優の言葉は、ときどき、韓国語教師のイが通訳する。

韓国で、移住がはやっていることを知る。手続きを代行してくれる会社があるらしい。台湾人が、子供に保険をかける意味で、外国にっ留学させたりしているのと、似たような事情か。日本人は、島国だから、国家に任せきり、会社に任せきり、国家が崩壊したり、会社がなくなったことを考えないから、亡命、移住ってことも考えんしな~。たんたんと、それぞれの抱える家族・日常の問題、それと、対応する何も考えていない日本人のずれ、それでも、コミュニュケーションを図ろうとする、図れる。その中で、戦前の問題、結婚の問題(韓国では、日本人との結婚はタブーである、、、)が、個人の問題と同じようなレベルで声高ではなく、取り上げられる。ときどき、韓国語で「迷子の子供がいます、7歳、、、」というメッセージが流れなければ、舞台は日本ではないかと思うほど。
最後は、中国の黄色い砂が流れてくるのを眺めて、終わる。
深刻な話題だけど、コミュニュケーションの齟齬が、笑いを誘っていた。
たとえば、日本人側が、弟夫妻に自己紹介するのは、名前以外は、みな、弟夫妻が知ってることであったりとか、「私は、韓国語教室に通っています」とか(日本人って日本語でやっても、自己紹介下手だよね^^;)。日本人の新婚旅行客男が、ツァーからはぐれて仲間に加わるとき、「海外新婚旅行の模擬旅行がある」と紹介するとか。おいらのツボは「在日のキムチは辛い」「それは、辛さに民族のアイデンティティを求めるからだ!!」
日本人どうしでも、会社員が不登校児に説教したり、介護の営業員が、重役夫人におべっかつかったりとか。

最後は、韓国側、日本側が意思疎通を図ったが、中国は、ってことを想起させる。まー焼酎業界と日本酒業界が意思疎通を図ったが、あれ、ビール業界とはどうすればいいんだ、ってのに似てるか(へんなのにたとえるな!)
でも、この間なくなった歴史学者の網野善彦が、「よく日本では、芸能とか、技術が、韓国から来たって言うけど、来たのではなく、同じような社会だったのではないか」「福岡の友は、東北の友に、《福岡は韓国に近く、向こうの言葉の方が耳慣れしている、おれは、お前の方が外国人って気がする》っていってた」ことを考えても、韓国と日本、うまくいってほしいよな、と思う。

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» 新国立劇場『その河をこえて、五月』(作:平田オリザ・金明和/演出:李炳?+平田オリザ) [現代演劇ノート〜〈観ること〉に向けて]
「こえて」いこうとすること再演となる『その河をこえて、五月』は、さしあたり〈文化(間)翻訳をめぐる物語=ドラマ〉といえようが、細かなエピソードやモノを介して展開していく話題の多くは、むしろ花見に集まった様々な人々の間に走る〈境界線〉を次々と浮かび上がらせてしまう。従って... [続きを読む]

受信: 2005.06.23 00:19

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