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2005.07.05

喪失の国、日本

M・K・シャルマ著、山田和訳 文春文庫。2004-1-10 インド・ビジネスエリートマンの「日本体験記」という副題をもつ。

インドの社会では、カースト制があり、この骨がらみの意識を、日本人は理解していない、という。たとえば、歌は聴くものであり、人前で歌わない(歌うのはカーストの低い人の仕事であるから)。脱いだ靴を手でそろえると、馬鹿にされる(カースト低い人の仕事だから)。。。。うーーん。
ひとつ感心したが、三島由紀夫についての感想、三島は民族主義者ではない、味方を鼓舞しただけで死ぬ民族主義者はいないから。民族主義者はかならず敵を倒す、著者の友人たちの「金閣寺」の評価は「国家、民族、戦争についての意識を書くことを排除している」「精神的は子供の物語」「小さな寺が美の権化、絶対性の対象になるのか理解できない」というものだという。三島事件は、戦前、三島は徴兵検査に不合格で徴兵されていない、このコンプレックスが戦後くすぶって、三島事件は、この自己回復の劇化、足が不自由だったロートレックが失踪する馬の絵ばかりかいていたのと同じではないか。と書いているのに感心した。ふーん、そうだったのか(^^ゞ

この間読んだ、「東アジア・イデオロギーを超えて」@古田博司@新書館でも、中国、韓国、ベトナムの中華意識ーー儒教が骨がらみになっており、道徳意識の低い国を馬鹿にし、自分たちは、道徳意識が高いーー中華であるーーってな思想が、日本人にわからないって書いてあった。日本人は、儒教を個人の道徳の、個人の倫理の問題と思っているが、儒教は、社会制度なのである。たとえば、礼記などは、冠婚葬祭のマニュアルであり、死んだ人の葬式の仕方などが詳しく決められている。こういう礼の守られてない国、ジャパンは野蛮国だという意識があるのだ。という。うーん、これも、かみあわないだろうね、きっと、日本とは。

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コメント

根本的に異なる文化を持つ国を同じテーブルにならべて「上品」だの「野蛮」だのいうのは、どうもしっくりきませんね。納得できないことでも「理解しよう」「そういうものだと思うことにしよう」という許容範囲の問題のような気もしますけどねぇ。
インドは、貧富の差が激しくて、大金持ちは自家用の学校やら病院やら持っているような人もいるし、貧しい人は、それこそ「バクシーシ」といって自分の子どもにも物乞いさせている。
インド政府は、貧しい階層に援助金を出して、家も建ててあげたりしているらしいけど、いつの間にか政府の援助金も使い果たし、建ててもらった家も売って路上生活に戻る人が少なくないらしいですよ。>インドのガイドさんが言っていた。
彼らには、その気の毒に思える路上生活が「幸せ」だったりするわけなんでしょう。
「○○人」という民族や国別に人を見るのではなくて、できれば個人でおつきあいしたいものだと思っています。そんな機会は、まずないんですけど(爆)。

投稿: あかん隊 | 2005.07.06 00:02

あかん隊さんは、インド行かれてるんですよね。貧富の差が激しいのですか。そこそこの金持ちも貧乏人もマックで並んでいる、基本的に平等(ま、気分だけでも)日本の方がやっぱり、いい、おいら(笑)。

投稿: 悠 | 2005.07.06 07:07

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