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2005.09.19

2005-09-19

映画「メゾン・ド・ヒミコ」が当初の予定では、漫画「つるばらつるばら」@大島弓子を読みました。収録されている「夏の夜の獏」、小学生の僕、兄、 痴呆のおじいちゃん、サラリーマンの父、会社員の母、お手伝いの小箱さん、が主な登場人物なんだけど、精神年齢で、あらわされている。で、精神年齢20歳 の僕は、ランドセルを背負って学校にかよっているし、父は、ネクタイを締めた少年、母は少女、おじいちゃんは赤ちゃんに書かれている。小箱さんは、精神年 齢=実年齢が20歳。僕が書く作文を盗作と先生に疑われたりするが、父母はとりあえない、小箱さんだけが、理解してくれる。

綿の国星も、子猫が少女の形で描かれてたんだけど、その系譜に属するんだと思うんだけど、これって、漫画でしか表現できないよね、って漫画でした。

「毎日が夏休み」は、母の再婚した義父が、大手の会社をやめ、登校拒否の中学生の私と、何でも屋の会社を設立しての奮闘記。

大島さんの漫画って、「つるばらつるばら」もそうだけど、家族の絆より、人の絆をあるほうがいいよ、って教えてくれる気がする。

SHINOBIの原作読み出したら、「甲賀ロミオと伊賀ジュリエット」って章があった(^^ゞ。
やっぱり、最後は、この章がついてるように、ロミオ&ジュリエットの方がよかったかな(^^ゞ・

本日しめくくりは、「ファンタスティック・フォー」。これは爽快だった。邦画とは、お金のかけ方がちがうますな。もう、邦画は、大味なホームランは、ハリウッドにまかせて、「運命、、」「亀は、、」みたいにヒットを狙うしかないか(^^ゞ
フォーのジェシカ・アルバ、アイランドの
ヨハンソン、共通項は、胸元、唇ぽっちゃりかな(^^ゞ
アメリカでは、やっぱり男はリードして、頼られて、積極的じゃないといかんのだ、アメリカで生きるのも大変(T_T)/

原作は漫画なんだけど、漫画みてないんだけど、ザ・シングだっけ、絶対漫画そっくりって気がする。

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コメント

原作を読むと不思議な気持ちになりませんか?
大島弓子のマンガは、結構読んでいたのに、大昔(中~高校生くらい)だったので題名を言われると、あ、それそれ! 読んだことあるな、っていう程度になってしまってます。
山田風太郎さんの、あの原作は、医大卒らしい記述があって、なんだかこそばゆい感じもするのですけど、情景が想像できる文章でぐいぐい読ませてくれました。意外とあっさりした男性らしい文体ですよね?>渡辺淳一とかにくらべると…。
ジェシカ・アルバも、確かにスカーレット・ヨハンソンと似通ったイメージですね。流行なのかな?
原作のアメコミは、古いものらしいですね。本当の意味での「オリジナル脚本」って、むずかしいのでしょうねぇ。

投稿: あかん隊 | 2005.09.21 01:20

■あかん隊さん、おはようさんです。
漫画家で、読んできたのは、大島弓子、高野文子、山田紫、岡崎京子、、、おばあちゃんが少女の姿でかかれてたのは、高野さんの漫画かな??
大島さんの漫画、とき、ひと、場所が、ふーっと、遠景にしりぞいてゆくところがあって、それが、不思議感をかもし出す??
渡辺さんのは、恋愛物の正統路線、山田さんは、異端ー独創的ですもんね、渡辺さん、日経新聞に恋愛小説連載中です。おとうさんは、恋愛小説を日経新聞で読んでるんでしょうね、あ、私もですけど^_^;山田さんの明治物も、実在の人物とシンクロしておもしろいです。作家って、年取ると、歴史物を書くようになるんですけど、北方さん、黒岩さん、司馬さん、と。若いころ空想力をはせて物語を作ってたいたのに、老年では、その相続力が、歴史の空白を創造するのに使われる(想像力が枯渇するんではないか)って思うんですけど、山田さんだけは、そういうところがなかったので、すごい、と自分では思ってます(^^ゞ

投稿: 悠 | 2005.09.21 07:01

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