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2005.10.31

「紅葉会」狂言会@11月13日

makiさん、こどもさん連れ、正解です。こども狂言が8番でます@11月13日。
おいらの寝音曲は12時30分から、約20分ほどで、あと、中学生とかのが続きます。あー、あ、こどもに食われないようにしなきゃ。

11月5日、6日、13日と三日間あるんだけど、仕上がりを考えて最後の日の出演にしたのがいかんかった(T_T)。ほんと、こどもに食われそう。

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2005.10.29

ヴェニスの商人@映画

を舞台@栗東さきらでみたのは、「子供のためのシェイクスピアカンパニー」のもの、伊沢麿紀@劇団青い鳥がシャイロックだった。たしか、若者と、もう、アプレゲールといっていい、無軌道さがあったかな、それと、若いものが瞬間恋に落ちる、ポーシャとバッサーニオ、ロレンゾーとシャイロックの娘、グラシアーノとネリッサとかがロマンチックにかかれ、シャイロックの孤独とついになっていた。

映画は、シャイロックと、アントーニオに焦点があたっており、有名な法廷の場は、シャイロックと、国家=法の戦いでもあるかのような迫力で、果敢に証文をたてに、裁判をせまるシャイロックは素敵だった。(ここへくるまでに、ユダヤ差別の実態とかが描かれていて、ここへ来て集約されている)。アントーニオも、だれとも、ペアになれない、男色系なもんで、シャイロックと同じ孤独をあじわってるかもしれない、などと想像させるような映画でした。

改宗か、死をと迫られ、改宗したシャイロックが、教会の外で、ぽつねんと立ち尽くすさまは、孤独ってこういうことだよね、って。

舞台を映画すると、舞台よりいいんではないかってのがあるんですが(小説の映画化はよかったり、わるかったりですが)、多分、舞台ではかかれていない背景を、映画がえがいてくれるせいですかね(って、舞台見るおいらの想像力が貧困なだけだったりして(笑))。


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春の雪

行定監督の「北の零年」はみてないけど、おいらの周辺では評判よくなかったし、どうしよう、と迷ったけど観てきました。

あんのじょう、×でした。清顕@妻夫木、聡子@竹内結子とおさななじみで、愛してるのに、わざと、つれなくしてる。聡子と、宮家との結婚がきまると、今度は、聡子からもらった手紙を宮家に送るなんて脅かして、聡子とあって妊娠させる、聡子は堕胎し、一生涯、清顕とあわない決意で、尼僧になる。清顕は、こんどは、寺まで一目あいたいとおいかけて、、、あえずに、結核で死んじゃってな物語。

聡子と清顕が、小さいころ百人一首をやっていて、「瀬をはやみ、岩にせかるる滝川のわれてもすえにあわんとぞおもう」って歌で将来を誓い合う。この歌って、「阿修羅城」でも、キーワードになってましたよね。

清顕が、ぜんぜん、ぼっちゃんで、こどもで、ええぃ、そんなんでいいんかい、「ヴェニスの商人」に出てくるのあまいくどき文句でも、いえるようにしたほうがいいんでないかい。
門の外であってたら、親友が、門跡に頼んだら、清顕が、聡子にあえるかのような、情緒っぷりはなんともで、おおーい、法の厳しさを描いた「ヴェニス」みならえよ、って。
(やっぱり、一日2本映画みてはいけませぬ(T_T))。

あ、でも、映像はきれいでしたよ。衣装も。俳優さんも。脚本はいただけませんでしたが(T_T)

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2005.10.28

素人狂言舞台がちかずく、、、カウントダウン

あ~、今月来月は、松茸業者と同じで、一年で一番いそがしい、季節なのに、、、、舞台がそろそろちかづく。っても、素人狂言会なんですけど。だいたい、5,6回の稽古で舞台の板に乗ろうってのいけないことはわかってんですが。

「寝音曲」ってな曲ですが、太郎が、主人に謡を謡えといわれ、今回はいいけど、客がきたと謡わされぬよう、酒をのまないと謡えない、女の膝で寝てじゃないと声がでないってことを言って、結局、謡わされるが、座って謡っても声がでるってのがばれて、ちゃんちゃん、ってな狂言。謡を寝て謡うってのがポイントなんだけど、謡も仕上がらず。後は度胸だけ、って、どうにもなんないんだけど(爆)

京都八坂神社の能舞台なんだけど、舞台だけ屋根はあるけど、観客席は、屋根なし、お参りするひとがついでに見れるようになってるんで、この客の反応が怖いいんだけど^_^;。

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2005.10.27

近藤乾之助 謡う心、舞う心

藤沢摩弥子 集英社 2005-10-10
宝生流シテ方 近藤師からの聞き書き。

伝説の能楽師野口兼資から、近藤さんが、面をつけて舞台にでようとするまえ、「笑え」と注意された、近藤さんは、緊張を解いてくれたんだ、と感謝してる。しかし、声は、眉をひそめると、でない、笑ったように口元をほころばさなければ声がでない、このことを注意したのでは、とおいらは思う。竹内さんところで、声がでないとき、おもいっきり笑えという指導をしてた(眉をひそめて出す声と、ほほを緩めて出す声をくらべてみてね(^^ゞ)

それと、声は、上あごにあててから出すのがただしいか、をやりあうところがある。河村師に間接に聞いたところでは、「能の声は、上あごにあてて、下歯にあてる」と聞いたことがある。どちらがただしいか、試したりしてます(ほんと、おいらは何やってんだろうと思う)。

歌舞伎と文楽、映画をみることを能楽師にすすめられている。歌舞伎は能をリスペクトした作品、安宅、連獅子、花子、等、でも、能の方は、歌舞伎を一段低いものに見る傾向があるから、こんなのを読むとほっとする(^^ゞ。

現在77歳の近藤さんが、「花月」は2回やりましたってのを読むと、うーん。能の1回ってのは、ホントに1日のうちの一度の舞台。演劇で、何日やるというのとは違う。こうなうると、能の舞台はほんとに一期一会ですね(^^ゞ。演劇みたいに10日間とかやれないやろうな、客こないし(T_T)。

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The COOL 桐野夏生スペシャル

桐野さん、舞台になった「OUT」みてから、すこしづつ読むようになってます。
この小説新潮別冊の、矢作俊彦さんとの対談で、矢作さんの発言がおもしろかった。

ま、おいらに語りかけられたものとして直すと、
「いいか、おまえ、中国の反日で、うろたえたりしちゃいかんぜ」
「1968年、1969年何してた?えっ!。あの学生時代のことが今中国でおきてるって思いな」
「あのとき、反米だったけど、アメリカにあこがれてはいただろ?」「あれと同じで、反日もそんなもんだぜ」
「やつら、ペットボトルに水いれてなげてるんだろ、おれたちの火炎瓶つくりのノウハウを教えてやりたいくらいだぜ」

矢作さん、過激ですが、はーーい、ついていきます(笑)
追記 矢作さんのハードボイルド小説は、読んでてなけてくるところがある。ハードボイルドって、眼が過去に向いてるセンチメンタルなもので、どうしようもなく帰ることのない過去ってのが涙をさそう、lこれが、男のロマンだとしたらロマン=ばかだとは思うんだけど(笑)。

で、この本に「OUT」の演出家の鈴木裕美さんの文書がどこにもないのが不満。
弁当工場で働く、主婦4人が、ついに死体破棄作業を行う物語なんだけど、主人公雅子は、憎悪に似た愛情、純粋な愛情、尊敬されてる愛情を、男たちから得ているダークヒロインなんだと喝破していて、ただ、物語をおって、すごいな〜と思ってたおいらとは、全然、違う読みで、鈴木さん、すごいって思ってたのでなんですけど。

映画「OUT」はDVDで見ましたが、これはひどかった、4人の主婦が全部生き残るように改変されている、え、そんなんじゃ、ドラマの最後で生き延びる、ロメオ&ジュリエットがおもしいかい、って悪たれついてた記憶が。。。。

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2005.10.25

美姫決戦@富樫倫太郎

実業の日本社 2005-09-25
松前パン屋事始異聞とある、函館戦争三部作のひとつ。

パンは、天保13年に長崎で焼かれたのがはじめとか。

松前藩は、勤皇派のクーデターで、旧来の佐幕派が粛清される。その松前藩は、旧政府軍土方歳三に占領される。父を粛清された蘭姫は、敵を狙うため、土方側に戦士として参加する。

蘭姫と慕う、藤作は、旧政府軍から、パンをつくれと命じられるが、作り方がわからない。人手をつたって、函館のロシア領事館に入り込み、パンをつくる技術、とくに、パン種を、盗み取る。

蘭姫は、肺結核で、函館戦争のとき敵を討ちもらし死ぬ。土方はご存知のとおり函館戦争で死亡。

歴史って、江戸から明治へと直線的にすすんでるように思うけど、その時代をいきていると、佐幕派が優勢なのか、勤皇派が優勢なのか、わからないし、また、昨日までの佐幕が、味方をほって、勤皇になったりする。こんなのがおもしろかったかな。

それと、新政府軍が、函館から攻めなかったのは、函館には、ロシア領事館などがあって、戦乱に巻き込んだら、後の賠償や、国際関係が大変になるって、判断だったとか、って目配りもあって、これも、おもしろかった。

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私の頭の中の消しゴム

観てきました、ソン・イェジン観たさに。イェジンは不倫能動態2連荘ですね(四月の雪とこれですね)。結婚したい女優じゃなく、不倫したい女優さんになってるのか<そんな~!

アルツハイマーは気になってまして、この間能ドックで、検査受けてきましたが、大丈夫でした(検査日に一人で、日時を間違えずにこれたら、まず、大丈夫なんだって(^^ゞ)

人が死んだりするするので涙を誘わないでよ、人が病気になったりするので、涙を誘わないでよ、それにしても、ベタな、涙を誘う映画、純愛ものって、おおいよね。
もっと、脚本おもしろくしてよ、ってつっこみをいれたくなるけど、はい、おいら、人非人です^_^;。

 チョン・ウソンの母親への仮差押で、ホントに、お店に赤紙がはってあったのにはびっくり。あれって、戦前の日本みたいなんだけど、韓国って、戦前の日本みたいなとこあるんですね。しかし、金はらえなくて、留置場にいれられるの?ってのもあるんだけど、友達に聞いたら、アメリカでは、離婚後、決められた養育費はらわない奴は、留置場にぶちこまれるみたい(あんまり、このあたりは詳しくないんでつっこまないでね(笑))。

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2005.10.24

うたかたの日々@漫画

岡崎京子 宝島社 2003-5-16(原作ボリス・ヴィアン)
今奥書みて原作があるのがわかった。漫画だけ読んでたときは、これって、カフカ@変身に似てるって思った。ときどき黒字に白抜きではいる解説「彼は若返っていたが不安そうな表情が内心の深い苦悩を表していた」とかのせいか、それとも、「肺に20センチの睡蓮の華」が咲くという奇病にとりつかれ、治療法は、花にかこまれて生活すること、という荒唐無稽な話のせいか。

荒唐無稽に。パルトルという作家に取り付かれ、かれの著作を買い求め、貧乏になってゆく青年とかの話もあります。

岡崎さんの、じょじょにスケルトンになってゆく少女の物語(って題名忘れてます)とかにも通じる世界です。

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東アジア「反日」トライアングル

古田博司 文春文庫 2005-10-20
キーワードは、中華思想。マナー、セレモニーなどで、行動するときの作法をほこってきた。「礼」(お辞儀や、お礼のこっちゃないですぜ)。
火葬してはいけない。同じ氏族同士で結婚してはいけない。男女の混浴などもってのほかだ。「生野菜を食べたり、はだしであるいたり、葬式で騒いだり」する野蛮な国=ジャパンは、魏志倭人伝東夷伝にかかれてます。

韓国は、韓国で、中華の思想を受け入れて、「清」を、野蛮人だと軽蔑してた(これが小中華思想)

で、中国、韓国、北朝鮮の反日の基礎には、ジャパニース=野蛮人ってな馬鹿にするまなざしがあるんで、反日は、なくならない。

で、経済的に中国、韓国が、近代化して、「反日」までなくなるわけではないけど、経済的にとりあえず、付き合える環境を整える、中国、韓国の経済的発展をまってなきゃいけないけど、とりあえす「自由貿易協定」でもつくって付き合っていこうってのが結論です。

おもしろかったのは、
北朝鮮には、「国体思想」=戦前の日本の思想が輸入されている。ふーん、だから、北朝鮮のTV放送のアナウンサーとか、「ほしがりません、勝つまでは」なんて雰囲気があるのか、日本の戦前に似てるよね(^^ゞ

韓国は、一握りのエリートしか、豊かになれないシステムになっているので、カナダ移住が増えてるんだって。

著者が、ハワイの日本人神社で、お祓いを体験するところ。著者がハワイで精神的にまいっているとき、「あなたには、神の気がたっている」と神主さんから言われ、正月の三が日約1万人のお祓いをする。で、これが日本人の根本精神だと実感する。

うーん、そうくるか(^^ゞ。おいらも、狂言する前に、「天河神社」(奈良の奥地にありますんやけど)で、神主さんからお祓いを受けたとき、額をすーっと風が抜けてゆく=清浄感を体験したんだけど、これって、オカルトっぽいよね~って、思ってたんだけど。ここから、山岸凉子『日出処の天子』の世界はちかい(^^ゞ

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2005.10.23

ギュスターブ・モロー展

この間「天保」観に、bunkamura@渋谷へいったら地下1Fで展覧会をやってましたので、行ってきました。30分ほど足早にみてきたちゅうか、眺めたきたってのが正解なんですけど。田舎から都会にでると、ついつい、寄り道してしまう(^^ゞ
象徴主義の画家ですが、つぎの時代は、写実主義、印象派の時代。

モローのようなタッチからすると、写実主義なんて、退屈きわまりない時代ってことになるんだろうな。現実をそのまま書いて何がおもしろいねんと(笑)。

近代的理性が、闇につつまれる前の輝きなんてこんな感じかな〜などとかってな感想。
http://www.bunkamura.co.jp/museum/event/moreau/
展覧会と絵は、上にあります。

エウロペって絵が出てましたが、この男の方の足が、どうも、陶器か、大理石ってな感触でして、これと、となりの女性の組み合わせが、よかったかな(あ、これ、デッサンもでてました(^^ゞ)、題材は、神話なんですけど。

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2005.10.22

四月の雪

もう、ソン・イェジンがでてなきゃ、かえってたぞ、って(^^ゞ。なぜ、この映画がはやるのかわからない。ペーさん、鼻水たらして泣いてましたが、ぜーーーんぜーーーん、同情できませんでした。「ソン・イェジンと一緒にならんかい」って背中を押してあげたいくらい。

ぺ「何をしたいですか」
ソン「あなたは何をしたいですか」
こんな台詞で二人がむすばれるかい、それは安易すぎるんじゃござんせんか。
無口のぺさん、日本でいえば、無口の高倉健、健さんがこんな台詞で、吉永小百合とむすばれますか?(^^ゞ

みすったぞ。こわいもの見たさで、時間つぶししましたが(^^ゞ

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ドミノ

アメリカって、なぜ、高層ビルちゅうか建物が、爆破されたりする映画がすきなんでしょうか(^^ゞ。って、他の国では、そんなにお金がかかるシーン撮れないかもしれませんが。

これって、昔みた「ボニー&クライド」(俺たちに明日はない)に似たテイストかな。まーB級ですが、主人公が、「ビバリーヒルズ白書」に反感をもち、アメリカの多人種状況、日本人と黒人の混血をジャパグロ、日本人+ヒスパニック=ジャパニックなどと揶揄してるし、世界は、金持ち、貧乏人=アラブ、中間に分類されるってとか、黒人に健康保険が使えない状況などをえがいてるので、メジャーにはなんないので、B級っていってるんですが(^^ゞ

おいらが「俺たちに明日はない」を見たときは、そのときのおいらの気分にフィットしてました。その後みた、唐さん@赤テント、黒テントの芝居もそうですが。

なにか、主人公のドミノ、カッコよかったです(^^ゞ

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井筒@彦根城能

これって男装の麗人なんだ、紀有常の娘が、業平の冠、直衣を着て舞う。面(顔)は、若女かな(^^ゞ

おいらは、この能は
地謡(バックコーラス)「筒井筒、井筒にかけし」
シテ(主人公)「まろがたけ」
バックコーラス「生いにけらしな、」(「おおきくなったのね」
主人公「老いにけるぞや」(まー、バックコーラスへの突っ込み「おおきく年取ったわい」ですね(^^ゞ)
ここに井筒の女と呼ばれた有常の娘の、業平に去られながら、業平によせる思いが凝縮されててすきなんですが、ここが、、、、、。

シテさん、右左と揺れないで、舞台を行き来してくださいな。よろっとせずに。。。。
シテさんは東京の方ですが、ほんと、東京はうまい人って片手で数えるほどだよな、と生意気に(^^ゞ。能は関西ですぞって声を大にして(他の地の方ごめんなさい(^^ゞ)。シテさん高橋汎@宝生流

で、この能の前の狂言が「栗焼」これって、ほとんど一人芝居に近いんだけど、これが、見ておもしろい舞台がない。おいらの師匠が、教えてくれるとき、見本を見せてもらったんだが、これだけがおもしろかった(ひいき当然はいってます)(^^ゞ。今日も、客席の笑いはまばらだった。演じ手、善竹忠一郎。

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2005.10.19

天保十二年のシェイクスピア

抱え百姓の子として生まれた三世次が、抱え百姓の隊長の期待をになって代官になるのに、百姓たちの叛乱で自滅してゆく。権力をとったときのあわれさ、これって井上さんの「雨」に似たあじわいがあるな~。シェイクスピアの台詞って、猥雑なんだとあらためて思った。なんか、学者が評論するので、かしこまってるけど、多分、江戸時代の歌舞伎のような猥雑さがあったんだと思う)。最近、こういうエネルギー衰退してますね。

幽霊が歌舞伎調の台詞だったり、王子とお光が釜からでてくるときは、文楽の人形風のしぐさだったり、語りは義太夫調だったり、伝統芸のパロディもあったり。夏木マリさん、飛んで、正座する(能・狂言では「飛び正座」っていうんですが、あれだけ、飛んだのはみたことない(^^ゞ)ってのもすごかったし。

っても、シェイクスピアの全作品の台詞の引用あるお芝居、パロディ。性(下ネタ)のエネルギーがあふれでて、役者さんははじけてました。
隊長の木場勝巳さんは狂言回しで、ずっと、舞台にでてなきゃなんないし、と、お冬+浮船太夫の毬谷友子さんは出番がすくないので、はじけてははりませんでしたが。
(でも、毬谷さん、老婆と遊女の声を使い分けて、「吉原御免状」の高尾太夫、か、熊野比丘尼やっていただきたいな~(っても、掛け持ちできませんけど)、毬谷さんが一番色っぽかった(ひいきはいってません??、はい、はいってますm(__)m)。

「幻にこころもそぞろ、狂おしのわれら将門」@清水邦夫からはじまった、蜷川幸雄4部作の最終ですが、おいらは、最初と最後しかみなかったのですが、もし、これが逆だと、いやな感じを残したままおわるかな(笑)。

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2005.10.17

語りの芸

■弥弥@毬谷友子。
ひゃぁ、語りにやられてしまった。いい絵をみたときのように体の酸が流れてゆく。
朗読@CDなんだけど、あかん、あかん、仕事場でこんなの聞き出した日にゃ、家に帰れないってんで、今、家からです(^^)
良寛の前に娘が現れて、良寛の恋人、母である弥弥を物語る。
娘の声から老婆の声まで、これってすごい。

で思い出したのが、
■白石加代子の百物語
涙がでるほど、笑わされたのが、筒井さんの「関節話法」。手足の関節をつかって会話をするという小説を語る。
ほんとうにしんみりしたのが宮部みゆきさん(?)「小袖の手」。長屋のおじさんの家においていた古着の小袖に手がついている。語り手のおっかさん「おっかさんのおとったんが、桶の影からながめると、おじさんが小袖を肩に、月をながめて「いい月だな~」って、背中の小袖にかたるんだよ」ってな物語(「」内はおいらが思い出して作りました(^^ゞ)

■市村正親さんの「平成市村座」でやった、一人舞台の「オペラ座の怪人」
さいごで、三波春夫さんの「俵星玄馬」(台詞入りの歌ですが、これがなんとも、よかったので、おいらカラオケの持ち歌にしてます(笑)。

一人で何役も語り分けるって、芸って外国にもあるんでしょうかね。

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2005.10.16

2005-10-16悠亭日常

昨日は、稽古さぼってしまった。うーん、稽古のための稽古していない日は、いくのがつらい。っても、来週までに稽古してるかちゅうと疑問なんやけど。毎日、5分とか、決めて、稽古しようと、これって、できそうに思うけど、絶対だめだと思う。
毎日10円貯金しようと思うのと同じで、年間3650円を貯金するのはたやすいけど、毎日なんてできっこないことを思い知らなきゃ(T_T)。

石川九楊さんの著作めくってたら、「ムンクの絵は、モデルに対する感情、モデルがムンクに抱く感情までが生き生きと書かれている」ってのがあった。べつに、エロスというわけじゃないんだけど、この生き生きした感じが、日本の絵には、ないよな。外国の映画にでてくる街って、そういえば、生き生きしてる。

新国立劇場で、ボイストレーニングを担当する人が、腹式呼吸とか、そんなのじゃなくて、役者の「言いたいこと」をどうやってひきだすか、なにも、言いたいことがないのに、発声法だけ達者になってどうすんだ、みたいなことを書かれてました。これは外国で学ばれたとのこと。演出家の指示に「それはどうしてでしょう?」「そこができないのですが、どうすえば?」って役者が聞くってことは、日本ではない、ってのを変えたいとも。
これと、生き生き感が関係する気がする。

うーん、伝統芸能の世界の稽古で、「それはどうしてでしょう?」ってなことを言ったら、ぶっとばされそう(笑)。この世界は、演じ手が、演出をするので、演出ってのが確立していない。こんなのも、関係あるのかな。

近所のシネコンの映画、活劇は「七剣」と「ステルス」、どちらも評判わるそうだし、どうしようかな等。「最後まで、椅子に座ってる」ってことじゃなく、途中で出るって映画かもしれんし。最近では、何回も書いてるけど「MAKOTO」。映画の後半からみたので、出るチャンスの逸した「容疑者室井慎次」。

新劇関係の雑誌読んでたら、ジャンジャンのことを永六輔さんとかが対談されている。むかし、東京にいるとき、楽屋って芝居みたんだ。そういやぁ、四国の田舎からでてきた友に連れれて「銀パリ」も何回かかよった。四国の友人、なぜ、銀パり知ってたんだろう??。おいらは、そのときまで、名前もしらなかった。

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2005.10.14

堤真一@梅芸-2005-10-14

江戸のあだ花、吉原は、カルチェラタン(=解放区)だったんだ(^^ゞ。
吉原御免状@劇団新感線。網野善彦の無縁・公界・楽ってのを、芝居でイメージできた。
りょうし(猟師、猟師)、農業民ならぬ海、山の民の自由空間、原作が昭和61年、網野善彦さんの無縁・公界・楽は、いつころ出たのだろう??。
りょうし(猟師、漁師って漢字は違うが、もともとは同じ発音で、同じ意味じゃなかったろうか)、農業民ならぬ海、山の民の自由空間。

おもしろかった。堤さん、「フライ・ダディ・フライ」で体鍛えといてよかったよねってな場面もあるし、殺陣は満載だし、勝山姉御、高尾姉御。(どっちかつーと、勝山太夫が好みですが)「粋」ですし(媚態-意気地-諦念のみっつをふくんでいる(あ、これ、「粋の構造」の要約です、勝山、意気地がありんす、なんて言ってましたよね)勝山太夫のあわれさ。

最後、堤さんが出てゆこうとするところ、みんなに迎えられて思いとどまるところなんぞで、ほろっと来てました。

一人で芝居みてると、「玄斎につれられて、切見せで、襦袢姿の遊女が堤さんの目の前で、すそを開帳する、堤さん、困った顔で笑ってたけど、あれってアドリブだよね」とか、「「あざみ野」の名前を違う名前で呼んで、「ご隠居なにいうてます。私は、あざみ野でありんす、ってかえすんだけど、あれ、藤村さんが、台詞まちがったんやねぇ」とか「高田聖子さんの背中の刺青なにやったん?」とかの明日になれば忘れていることを言い合えないのが、ちとさびしいかな(笑)。

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2005.10.13

2005-10-12

歌舞伎座幕見初体験。早起きして、関東まで仕事で出かけて、20分で仕事が終わった。え、えっ、そんなら、シアターガイドもって来るべきだった(笑)。で、確か、染五郎親子の「夢の仲蔵」どっかでやってたよな、っておぼろげな記憶で、歌舞伎座へ。ついたら劇場違いで、1時半、しょうがない中途半端な時間じゃ、と幕見の看板ででてたんで、係りの人に聞いたら、途中からでもはいっていいよってんで見てきました。「加賀見山旧錦絵」(菊之助、菊五郎、玉三郎出演)。一番天井に近い席なんだけど、1時から3時30分まで、1100円。映画よりやすい(^^ゞ。

で、4階で、イヤホンガイド耳にして、みてると、歌舞伎通になれること請け負いです。ぜひ、時間つぶしにいってくださいな。

上からみてると、自害した玉三郎を、菊之助が抱き起こしたりするところなんざ、死んだ玉三郎が自力で起き上がってるのが、よくわかります。客席に背をむけて、菊之助が、玉三郎を後ろにはこぶとこは、玉三郎足をつかって歩いてる(え、死んでるでしょう??)(^^ゞ。こういう演技ちゅうか、演出がわかるから、最後尾の席もすてたものではない。

仕舞で、正面の客に後ろを向けたとき、速く歩こうが、ゆっくり歩こうが、客にはわかんないのだから、ここで、間をなおしなさい、って教わったけど、歌舞伎もやっぱり同じことやってんだ(笑)。
仕舞は、脇席からみてる客がいるからいやなんだけど、歌舞伎も、4階からみられたらいやかも。

はやめに帰ったんで、15分遅れで地元の演劇鑑賞会の「赤い月」@文学座を見る。なかにし礼さんの原作、脚本。でも、原作者が、脚本書くと、やっぱりエピソードを全部かこうとするんで、散漫な劇になってました。おわりに、メゾン・ド・ヒミコの歌風で、歌がながれるけど、これって、郷愁をさそうのはなぜなんだろう。これって映画にもなってるけど、そんだけエピソードいれるんだったら、絶対映画のほうがいい、ってのが感想でした(映画みてませんけど)。

「円生と志ん生」@井上ひさし、「だるまさんがころんだ」@坂出洋二と反戦劇みたけど、これは、暗いだけって気がした。文学座、劇作家そだててこなかったツケがでてるかな、と、生意気な感想。

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2005.10.10

蝉しぐれ〜その2

映画のクライマックス
ふく「文四郎さんのお子が私の子で、、、、、ある生き方はなかったのでしょうか?」
文四郎「それがし、生涯の悔いとしております」

って、絶対ふくの台詞の方がいいよね。文四郎の台詞、言ってみると、どうも、内向きで、全部、自分のうちに万感迫ってくるんだけど、返しのことばになってない。(一度台詞言ってみて下さいな(笑))(だってふくのことばは、問いかけになってるんだから、どうも、よろいつけてラブシーン演じているような感じで(家臣のまんまのことばだよね〜)

で、そのあと文四郎が「ふく!」って、ふくと少年時代わかれてからはじめてふくの名を呼ぶところがあって、ふくの表情がかわるところが、木村佳乃ってうまいな〜って思ったんですけど、この「ふく!」の台詞が原作にはない!!

ここは、ぜったい、映画の方がいい(^^)。

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2005.10.08

イッセイ尾形とフツーの人々

普通の人を4日間訓練して、舞台にのせる。で、その舞台は、琵琶湖でキャンプしている4人がいっせいに歯を磨いているシーン、自動車に何人かのってるシーン、ベンチで何人か座ってるシーン。これがつぎつぎと入れ替わる。参加者は、栗東さきらホールの場合は162人!!平成17年度公共ホール劇場製作ネットワーク事業って名前がついてました。
おいらも、米子の予定がはいんなきゃ、舞台にたちたかったぞ(笑)

で、その会話は
男「びわこの底は穴あいてんねんねて」
女「うちは、ビターがいいねん、大人やし」
男「ビールのつまみは、ピーナッツより南京豆や」
女「サンドイッチ作ってきたんや」
男「サランラップ買いにいったら、クレラップしかなかったんや」

ぜんぜん、会話がかみ合わないんだけど、二人は、愛人同士ってのがわかるし、なんかその場は成立している。おいらたちの日常会話はこれにちかいかも、互いが、互いのことにかまわず、はなしていて、しかも、互いが納得している。

ふーん。たぶん、録画でみたら、間がながくぜんぜんおもしろくないと思う。しかし、会話の間がわくから、一方は、ちゃんと、聞いているということはわかる。会話のキャッチボールはないけど、話は、聞いてもらった、というのはわかる。

これってシュールだよな~、別役実さんの喜劇のシュールに通じるかな。

そうか、人って、自分の話を聞いてもらっている、という安心感がほしいんだよね(^^ゞ

イッセイさんが、一人芝居で歌ってましたが、その歌「沈黙する勇気もなくて、間のもたない時間がすぎてゆく。。。それが人生だ」普通の人々の芝居は、そんな芝居でした。
イッセイの芝居は「おーい、琵琶湖よ、俺は、琵琶湖に浮かぶ船長だったんだけど、リストラされたんだ、なぜって、河童を船にのせたからなんだ。コロッケをあげてて、あげたやつを、皿にのせると、あつぅって言うんで、みたら、そいつが河童だたんだ。。。。。」ってなものでした(笑)。

(ただ、500人?位の劇場の真ん中より後ろだったけど、声が、聞こえてこないチームがあったので、それは残念)。

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ルパン

「オトコのこころを盗んだ女性は、オトコを自由にあやつれる」うーーーん、 カリオストロ伯爵夫人に魅入られたルパン。。。。

まー、 カリオスト夫人は、催眠術をかけておとこを操りますが、まー、耳元で「お願い」とささやけばいいだけの話で。ということは、「お願い」って耳元でささやかれるのは、催眠術をかけられたのとおなじだぜ、って、おことどもに、教えてくれてるのかな(^^ゞ

ルパンが盗むのは、宝石。女性のこころを盗んでも、あやつるまではいきません(^^ゞ
おまけに、愛するクラリスを失い、わが子を失う、因果応報の世界にはいちゃう。

やはり、 カリオストロ夫人にはかなわない。
フランス映画らしい、おみだらもあって(まー「下妻物語」にもありますが(^^ゞ)
父の教え「注意をよそにむけて」でしたっけ、これが、役たてましょう(^^ゞ

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2005.10.05

旅@一泊2日

行きますんで留守します。
研究会なんて名目なんだけど、50人ほどはあつまるかな。宴会ついてなくとも、温泉がなくともいいので、都会でやっておくれ(^^;)。
なんだけど、江戸もんが企画すると、地方にいかなきゃなんない(T_T)

PS 皆生温泉@米子ってとこに集まったんですが、米子駅から車で15分とちかいんですね。
旅館の中にとじこもりっきり。後、観光がセットしてあって、おいらパスして帰ったのですが、帰りの電車でみたら、「足立美術館」がコースにはいってる。横山大観を収集してる美術館なんだけど、残念。えぇぇい、絵は複製でみればいいんだぃなどと強がりを言ってみてます(T_T)。昨年は、会津磐梯、そうか、那須の語やったんで、那須神社に帰り、お礼参りにいってきたんだ(^^ゞ

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2005.10.03

からだ’05異聞

のレッスン、床をたたいて、二人で会話するんですは、互いに。で、落ち込んだ話してたら、
悪友が、これから知らないスナックにいこう、おまえしゃべるな、カウンターをたたけ。で。

ホステス「なんにされます?」
おいら「ぱん、てん、つく」
友「このひと、ウィスキーがほしいんですって」
ホステス「水割りですか、ロックですか?」
おいら「テン、テン、パン、パン」
友「この人水割りみたい。私も、みずわり」
。。。。
。。。。
ホステス「?」
おいら「トン、トトトト、トントン」
友「この人、僕と、二人で話したいみたいやし、ちょっと向こうにいっててくれる」

・・・・・・ってなことをやって20分ほど、店をでたあと、二人で大笑いしてかえってきました。
ホント、おいらは馬鹿だ(^^)

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2005.10.02

蝉しぐれ

渡辺えり子さん、こんな役ひきうけるか〜ってな役でおでましだし、三谷昇さん、これは、わかるはなぁ〜って役だったし、仕舞(まー能の舞だけ独立したもの)には、「杜若(かきつばた)」のキリ(能の終わりの部分だからキリっていうんですわ)。
これは、業平が、皇后となった高子をしのんで歌ったのが「かきつばた」の和歌なのだから、文四郎には、ぴったりなんだけど、ここでつかうか〜と。

監督さんのあそびこころでしょうね(^^)

成人になってから、文四郎が初めて「ふく」と呼び、そのときの木村佳乃さんの顔の表情見て下さいね。そのまま、で、「ふく」の表情になる。この場面に二人の人生が凝縮されてます。

背中姿のうつくしい、座るすがたのうつくしい人々、これがおいらたちの先祖だと、思いださせてくれる映画です。サラリーマンが、上司と運命をともにしなければならない、不幸が描かれてはいますが。

最近、刀で人をきった後、血のりをふかず、鞘におさめる場面を舞台、映画でみてるので、何本も、刀をたてて、戦うってのがリアルでした。

でてくるお城は、彦根城。水郷は、たぶん、近江八幡。滋賀県のロケしてたんだ。と、後からきがついてます。

杜若キリの部分は、「色はいずれ、にたりやにたり。かきつばた、花しょうぶ。こづえに鳴くは、蝉の唐ころもの、そで白妙の卯の花の雲の、夜も白々とあけくる、、、」でした。(丁寧に、「蝉」まではいってますし(^^;))

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新劇の演技

たとえば、ドイツ人が演じているドイツの演劇を、イギリス人が演じているシェイクスピアの作品をみる、もし、日本ードイツ、日本ーイギリスの移動にかかわる時間が0であれば、日本で、日本人が演じているドイツ演劇、シェイクスピアをみるよりも、そうしたいと思う。

それと、ドイツ劇団によるブレヒト劇、「オセロ」@ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーをみた感想で言えば(あ、これ、日本に来演したのを見たって意味です)、日本で、こういう翻訳物をやるとしたら、台本に忠実で、時代も、忠実にってことだと思うんだけど、ブレヒト劇は、台本が大幅にカットされていたし、「オセロ」はイスラエル観たいで、軍服も現代風だった、(だって、イアーゴの奥さんタイトスカートでしたもん)。
外国劇で、現代でやる意義はなんだってことを考えていると思う。

東京と地方の距離さがはげしく、東京でしか聞けない「みそらひばり」のかわりに地方巡業でまわってきた「しまくらちよこ」を聞きにいくってなものかな(名前はかってにいれてるだけですので、ご容赦m(__)m)。でも、東京ー地方の距離差がなくなれば、「みそらひばり」見に東京へ行くよね。

日本の新劇は、外国の芝居を真似る、ことしかやってなかったんじゃない??。

坂手さんの芝居だと、タイ人とか日本人とか共演してるし、映画「頭文字D」(香港の俳優が、日本人を演じているーーこお吹き替え版は許せないが)もそうだ。そういうとき、新劇の演技は違和感あるんやろうなって気がする。

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エレニの旅~その3

エレニは、夫、息子の遺体をいずれも、埋葬することがかなわない、これって、「アンティゴネー」の国だから、この物語は、きっと、日本での桃太郎物語と同じくらい知られてるはずだ。「アンティゴネー」は、オイディプースの子供らの悲劇、王の命令=兄の遺体を埋葬してはならぬ、が引き起こす悲劇なんだけど(オイディプースさん、目をつぶす前に子供つくってたのね(^^ゞ)。

そういうと、ロシアから逃げてきたエレニに付き従う黒子集団、イカダで、義父の葬式をする場面で、つき従う、小船にのった黒子集団がコロスみたいに見えてくるから不思議(って、おいらだけの感想)。

ナチス占領下、処刑されたゲリラの死体に土をかけようとして捉えられた少女が尋問で答えていったーー「兄なのです、それ以上になにがいりましょう」

夫、子供の遺体に、土をかけることもかなわないエレニ。救済のない、ギリシャ悲劇みたい。

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2005.10.01

からだ’05

ワークショップ参加してきました。東京、名古屋の主催者さんの会の人が、17、8名ほど参加。
ダンスセラピー大会@北海道のレッスンの模様もはなしながらのレッスン。

とりあえずは、童謡「とんぼのメガネは青色めがね、あーおいお空を飛んだから、飛んだから、トンボのめがねは金色めがね、ひーかるお陽さんみてたから、みてたかから」をトンボになって歌うというレッスン。これが、トンボを見ながら歌ったのか、トンボになって歌ったのか、うごいて探ってくださいってもの、動いてみると、トンボを見ながら、後は、論理で歌ってるものというのがわかる(トンボが太陽なんかみたら、こんな風な歌詞にはなりません、まぶしくって(笑)。

で、ダンスの前に、二組が立った、どこまで、近づけるか探ってください、と。で、どちらも動いてくださいと。あ、なるほど、ダンスの原型って、「アイ」とか「情熱」とか、を男女が近づかずに表現していくもんだってのを実感。

そのつぎ、音のみで対話する。片方は、たとえば、お金貸してください、片方は、いやだよ、ってのを、音のみで、言葉に翻訳された音ではなく、単に音として。これはむつかしかった。で、片方が音をだして、片方は、足を踏んで音を出してゆくってのに移る。

今日の最後が、何人かで会話するように、音を出し、それで、その他の人は、何人かで、足を踏み鳴らして音をだすって、レッスンまで。

これって、演劇の基本形~ダンスへだと思うのだけど、おいらの体は、音を丁寧に捉えられない、相手を感じられない、ずさんな、がさつな体だと、わかってショックを受けてかえってきたとこです、おいらの狂言はなにだったんだ(T_T)

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