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2005.10.02

新劇の演技

たとえば、ドイツ人が演じているドイツの演劇を、イギリス人が演じているシェイクスピアの作品をみる、もし、日本ードイツ、日本ーイギリスの移動にかかわる時間が0であれば、日本で、日本人が演じているドイツ演劇、シェイクスピアをみるよりも、そうしたいと思う。

それと、ドイツ劇団によるブレヒト劇、「オセロ」@ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーをみた感想で言えば(あ、これ、日本に来演したのを見たって意味です)、日本で、こういう翻訳物をやるとしたら、台本に忠実で、時代も、忠実にってことだと思うんだけど、ブレヒト劇は、台本が大幅にカットされていたし、「オセロ」はイスラエル観たいで、軍服も現代風だった、(だって、イアーゴの奥さんタイトスカートでしたもん)。
外国劇で、現代でやる意義はなんだってことを考えていると思う。

東京と地方の距離さがはげしく、東京でしか聞けない「みそらひばり」のかわりに地方巡業でまわってきた「しまくらちよこ」を聞きにいくってなものかな(名前はかってにいれてるだけですので、ご容赦m(__)m)。でも、東京ー地方の距離差がなくなれば、「みそらひばり」見に東京へ行くよね。

日本の新劇は、外国の芝居を真似る、ことしかやってなかったんじゃない??。

坂手さんの芝居だと、タイ人とか日本人とか共演してるし、映画「頭文字D」(香港の俳優が、日本人を演じているーーこお吹き替え版は許せないが)もそうだ。そういうとき、新劇の演技は違和感あるんやろうなって気がする。

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コメント

なんとなく…わかります。舞台のものをあまり観ていないので、なんとも言えないのですが。
『モディリアーニ』(映画)でも、台詞が全部英語だったりして、変な感じでした。だいぶ前に『メリー・ウィドウ』をチェコの歌劇団がやった舞台を観た時、言葉はぜんぜんわかりませんでしたが、不思議と感涙したのを思い出します。(これも本当の意味ではおかしいんでしょうけど)
こうなると世界中の主要な言葉が、全部わからないと、ちゃんと観賞できない…ような絶望的な気持ちにもなりますが、上手な翻訳(ただし字幕等)であれば救われるような気もします。
声をかぶせてしまう「吹き替え」は、嫌。わからなくても、ちゃんとその国の言葉が聞きたい…と思います。
『SAYURI』は、台詞が英語なので、とっても心配。。。

投稿: あかん隊 | 2005.10.02 17:55

■あかん隊さん、こんばんは。
ことばは、その国のことばでききたいですよね。もう、翻訳はしかたがないので(^^ゞ。吹き替え版がゆるせません。
台詞の調子がありますよね(^^ゞ。
SAYURIも、吹き替え版ではなく、字幕でみたい、、、。

投稿: 悠 | 2005.10.02 21:28

ドイツ語のミューの歌詞、実際に日本で使っているのは違訳されているので、直訳されたものを音楽に乗せて朗読、っていうのを、某俳優くんが先日やってくれた。(Pにだけじゃないからね~笑)
すんごく違う歌詞になっててびっくり!
そう、やっぱり創ったとこの言語で聴くっていうの、多少言葉がわからなくても、雰囲気とかって伝わるから大事なことだよね~♪ってすごく思ったばっかりでした!

投稿: pちゃん | 2005.10.02 23:32

■pちゃん、こんばんは。
>直訳されたものを音楽に乗せて朗読
って、例のMなんですか。そうか、やはり、ドイツのものはドイツ語で聞きたい^_^;

投稿: 悠 | 2005.10.03 22:46

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