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2005.12.31

ブログ一周年記念日

昨年12/30に神戸に行って、「約30の嘘」@映画みて感想を書いたのが、はじめてつくったブログ。それまでは、稽古日誌、演劇の感想を、交換してた人に、MLでおくってたんだけど、ブログの方が便利かな~とつくったのがことはじめ。

12/30は、例年、3,4人、2人のときもあるけど、神戸で飲み会をやってます。某銀行役員、公務員、生命保険会社員、中国大学留学中(欠席)の4人。よくつづいてるな~と。会うのは、1年のこの日のみ。

公務員とは、今年、ミュージカル「モーツァルト」を観にいったとき、遭遇。「なんで、お前が、これを、みにきてるんだ!」と互いに絶句(笑)

「官から民へっていうけど、民にまかせてみな、めちゃくちゃするぜ!」「会社なんて、なくっても、なくっても、代わりがあるんだから、なくなってもこまらない。」ってな、よっぱらい、おじさんの放談をして、解散。

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2005.12.29

演劇ワークショップのつくりかた

こまばアゴラ劇場オリジナルのワークショップを創る研究会 
    有限会社アゴラ企画 2005-3-5

「ソウル市民」観たので、関連で、演劇ワークショップ的心理療法、ゲシュタルト療法の訓練(
一回を2時間として、50セッション)を受けたことがあるので、興味があって読んだ。サイコドラマなんかは、演劇を利用したものだけど、ゲシュタルト療法もそういうところがある。

もともと演劇は、異なる価値観のすり合わせ、コミュニティを形成する方法としては、役立つのに、スポーツのように、訓練をうける機会がない。

この本に「参加者にとって守られるべき権利」として
リーダーの行う「パワハラ」の注意がかかれている
「言葉によるもの」=胸にグサッとくることを言っておもしろがる。
「態度によるもの」=怒鳴る、脅す、えこひいきをする。
「無関心によるもの」=無視、放任する。

注意しなきゃ、おいら(笑)

「うちの舞台にでてみないか?」と勧誘を受けない権利もかかれている。経験豊かな演劇人と、参加者には、圧倒的情報格差があり、ことばをかけられた参加者は、自分を客観的に評価する手段がないのがほとんどだから、その格差を利用して勧誘してはいけない。

リーダーの実践ガイドってな本だけど、平田オリザが、演劇をどうかんがえているか、よくわかる。

図書館や、スポーツクラブがあるように、公共の劇場で、こういうふうに演劇に接する機会があればいい、と思う
追記 
世田谷パブリックシアターでもらった、パンフをみたら、「休日コース」「モーニングコース」「フライデーナイトコース」「こどもコース」と分かれた、ワークショップの案内がかかれてた。休日コース、一回4時間、10回で、5000円(5万円ではないです)、発表会付。近くだったら、しばらく、稽古やめてかよってそう(笑)。

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悲劇週間

矢作俊彦 文芸春秋社 2005-12-15

明治28年、朝鮮王妃閔妃を殺害しているのだ、日本人は。
そのとき、外交官として関与して、獄にいれられたのが、その後許されて、また、外交官となる堀口大学の父。(祖父は、父が3歳のとき、長岡戦争で死亡)

のちにメキシコ公使をつとめる。メキシコでは、デモクラシーを唱えるマデロ大統領の時代。
このマデロ大統領が、クーデターで失脚する、2月9日から2月24日までが日記体で、後半かかれている。

前半は、与謝野晶子門下となり、佐藤春夫と遊びを覚えたり、「なんじょ思われます、あの判決?」と大逆事件の判決の感想を鉄幹に聞く、石川啄木なんかも書かれている。

西南戦争に、薩摩藩士に恨みをもつ、会津の人たちを警察官に採用し鎮圧にむかわす。
ぶっそうな時代だったんだ、明治は。だって、ついこの間まで、内乱状態だったんだ、日本は。

マデロ大統領の家族を大使館に匿い、奔走する父、マデロ大統領の一族につらなるフエセラに恋する大学。ところどころに、ランボーの詩が引用される。
メキシコの戦場の内乱の現場をあるきながら、パリ・コミューンに参加し、アフリカの商人となったランボーに思いをはせる。大学のフランス語の先生は、五稜郭の戦いに参加したフランス元軍人。新撰組の斉藤一は、西南戦争に参加していたことをこの本で知る。

「明治45年 僕は20歳だった」で始まり「あのころ僕は20歳だった」で終わる、この小説は。(ポール・ニザンの「あのころ僕は20歳だった」を思い出します。)

(と、今回、倒置法をつかってますが、この小説のまねです)。

クロード・モネの「日傘の女」が本のカバーにつかわれてます。日傘をさす洋装の婦人の横に、ポケットに手を突っ込み、帽子をかぶった少年。この少年のように、主人公は、孤独だ。矢作さんの文章って、リリシズムがあふれていて好きだ。

読み終わった後、戦争は、「政治」の延長、軍隊をつかった「政治」といってもいいけ、つくづく思う。これは、過去の物語ではない、現在、戦争が行われている、いまも、戦争なのだ、と気がつかせてくれる。外国がどう動くかを、行動の関数にいれておかないといけないということも。

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2005.12.26

必笑小噺のテクニック

米原万里 集英社文庫 2005-12-21

小さな亀が、ずり落ちそうになりながら木に登る。短い手を伸ばして木から飛び降りる。これを繰り返す。痛々しい。これをながめているつがいの鳥がいう「ねぇ、あなた、そろそろあの子の育ての親と産みの親は違うっておしえなきゃ」

「シモネッタガセネッタ」の著者でもあるので、下ネタもある。
男「僕は君の始めての男だよね」
女、考えて、言う「だから、あんたとはなつかしいって気がしたんだ」

いまわの際の夫「あーおいしそおうな、ウシオ汁のにおいだ、冥土のみやげにすすらせてくれ」妻「だめよ、お通夜に来てくださる方のものなんだから」

ジョークは詐欺の手口に似ていると、詐欺のテクニックからはじまり、「視点を一挙にずらして論理を逆転させ笑いを取る方法」とか、ジョークのテクニックから、いろいろあるが紹介されているジョークは、ほんと笑える。漫画週刊誌に連載している4コマ漫画の「ザビエル山田」の笑いは、「論理を逆転する」方法にちかいかな。

笑いは、すぐれて知的な作業だと思うんだけど、ジョーク集なんて、日本人よむかね??・。米原さんは、で、某首相の「自衛隊がいるところが、非戦闘地域です」なんて答弁の詐欺性と、これを論破できない野党のふがいなさも、嘆いている。

おいらの作ったジョーク。下ネタですが(あかん隊さんから指摘があって、変えました(^^ゞ)
「NHKには、放送禁止用語ってのがあって、「元の鞘におさまる」ってのがそれなんだ」「鞘に納まるのは、なんだい」「それは、何にたとえてるっておもう??、何が鞘だと思う??想像したとおりだから、禁止用語なんだ」
(このジョークのみそは「放送禁止用語ってのは、うそなんだ」って後でいうところ)

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2005.12.24

オール読み物1月号

イン・ザ・プールの奥田英明作、精神科医伊良部シリーズ物「町長選挙」掲載。

東京都ではあるが、離れ小島に赴任した伊良部に降りかかる、町長選挙。ここでは、島を二分しての買収合戦が演じられ、都からの出向者が、どっちにつくか、悩んでいるのに、伊良部は、どっちからも賄賂の提供を受けて、、、、結局選挙は。ってな物語。

藤原伊織×久田恵×山口文憲の座談会「団塊はすぐ群れて無節操だと?!」
「下流社会」の著者からの「団塊」批判があるのは、知っているけど(笑)。
だけど、おいらなんか、全共闘運動にかかわった連中とは、卒業後、30年すぎるまで、集まるってこともなかったからな~、群れてはないはずなんだけど。

井上ひさし×蜷川幸雄の対談「リア王より怒れるジジイでいたい」
井上作「天保12年のシェイクスピア」を蜷川が演出。
井上さんが、「日本のへそ」を書いたとき、「大変おもしろいけど、思想がない」って評論家に書かれたとか。ほんと、こういうのいますねん、演劇評論家には。
井上さん、「勇気がなかったくせに、若かった僕たちをあおりたてていた人たち、インテリとか、大新聞とか、、、、いつも怒ってました」
蜷川さんと、井上さんが怒ってるのを読むと、おいら楽しい(^^ゞ

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イギリスではなぜ散歩が楽しいのか?

渡辺幸一 河出書房新社 2005-5-20
作者は、短歌人でもあり、90年以来ロンドン。英系銀行の財務アナリスト

日本人のジャーナリズムのスポーツ報道が、試合前から、選手の記録を期待し、加熱した報道をし、結果、期待とおりの記録がでると、感動秘話などの感動物語の報道になり、結果が出ないと、非難ないしは無視ってのと。試合がはじまるまでは、しずかな英国の報道とを比較したり、「9・11」の後のイラクへの軍隊派遣には、ロンドンで、デモが起こったことも書いている。

福祉、失業にセーフティネットがはっている英国。これを読むと、日本ってまずしいと思う。

こういう本を読んでおくと、日本の制度が、固定したものと考えないですむ。

昨日みた「セパレート・テーブル」という長期滞在型ホテルを舞台にしてる芝居。一人が、わいせつ事件を起こし、他の客が、「彼を、ここから追い出してもらうように支配人に談判するか、どうか」を議論する場面があった。滞在客の一人が、「これは感情の問題ではなく、論理の問題だ、彼を追い出すべきではない」とか、「私に危害を加えられたのでは、ないから追い出さなくていい」とか、「追い出すべき派」と議論する場面があった。
ホテルの支配人の下すのは、「出てゆかなくていい」。

議論を大切にする国の底力っては、やっぱりあるんやな~と。

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東京人は舞台を見て、おかしいのに、わらわない。。。

昨日雪の中、東京まで出かけたんで、帰ってこれるか心配で宿とっときました。結局泊まって、今日時間があって、何かやってないか、探したら、「落語会」@八重洲ブックセンター、「戦艦ポチョムキン80周年記念シネマ&レクチュー」@岩波シネサロン、「ソウル市民」@世田谷パブリックセンターとかやってる。(他にも、NODAMAP「罪と罰」、三谷幸喜「12人の優しい日本人」やってるけど、チケット売り切れだろうし)。東京はいいな~とつくづく。

で、当日券のありそうな「ソウル市民」@平田オリザ作を見に行きました。フランス人の演出ってのにひかれまして(ほんと、おいらスノッブ)。

これが、日韓併合前のソウルで成功してる日本の文房具屋一家の一日。当初、着物を着た日本人女優(ま、フランス人風メイク)が、フランス語で、ト書きを読んで、能舞台風の舞台に置いたテーブル(これが居間)に座って、一家の主人夫婦、女学生の娘、朝鮮人の女中、日本人の女中がここへ現れ、また、出てゆく。

最初に、役者一人づつキャリアに乗せて舞台近所まで、運んでくる。おいら人形を運んでるのかと思った。舞台には坂をのぼるようにあがるんですが、これが上がるまでは、能風すり足で、舞台に上がってしまえば、普通に演技。たぶんに能を意識してる演出かと。俳優が、「ロマン・チースト」「ヒューマ・ニーズム」とか外来語を話すときは、俳優がいっせいに客席をみて元にもどる。言葉の違和感を、目に見えるようにあらわしてくれる。

「ねぇ、朝鮮人は蛸を食べるのかしら」とか、
千里眼をやる手品師が、千里眼をやりますといって、チョゴリをきた女中に、「あなた、朝鮮人でしょ」とか、
内地から送られてきた文芸誌の「このごろは、絶交状を懐にいれておくゆえ、わがこころやすし」という啄木の歌が話題になり、韓国人には、細やかな文芸が作れないという話題にうつり、アフリカ人が「柿食えば、、鐘が、、」ってつくれないよね、「パイナップル食えば、、、」よね。って台詞とかに一人笑ってました。

朝鮮併合が翌年に控えている、ただし、そのことは、まだ、日本人一家にはわかっていない。その日常は、今、現在の日本とも、そう変わらないのでは、という日常が描かれている。ときどき、政治が話題になるが、また、他の話題にうつっていく。

舞台が、ピラミッドを横から、切って、上が四角になっている。あがるには、坂を上る要領で。舞台に出ていない役者は、顔を布で覆ってる。会場の横にある黒板みたいなのに、ビラを貼ったり、ビラに落書きしたり、ビラに石ぶつけたりしてる。
布で顔を覆ってる=顔を持たない日本人ってな感じかな。

おいらたち、日本人っにとって、日韓併合って、なんでもなかった、きっと、第2次世界大戦も、こういうふうに迎えたんだじゃないか、って、気がしてきて、ずっと、今も、この状態がつずいてるんじゃない、って思うと、怖い、そういう芝居でした。

今年、最後の東京観劇ツァーでした(笑)

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2005.12.21

「欲」バトン

RINさんちからまわってきました。オトナの男性、悠さんへってなことが書いてあったので、おお、そうかい、おいらは大人なんだと、調子にのって、コメントしときます(大人ってのは、「じじい」ってことなんだろうけど(笑))。

で、できあがった回答は、まっとうすぎる〜とわれながら。。。

Q1:今やりたいこと

 海外演劇観光ツァー(たとえば、ロシア演劇ツァー、韓国演劇ツァー。。。)

Q2:今ほしいもの

 Q1のツァーために休暇+旅行費用

Q3:現実的に考えて、今買ってもよいもの

 車、必要なんだけど、まず、免許とらなきゃなんないや(T_T)

Q4:現実的に考えて、今買ってもよいのに買ってないもの

 ギャルソンのジャケット、眼鏡研究社 の眼鏡。。。ジャケットそろそろ、買い換えどきだし、眼鏡、気にいってたのを酔ってなくしてるので

Q5:今ほしいもので、高くて買えそうにないもの

 ワンルームマンション
 仕事場の資料室にある本、家にある本、すべて、ここへ持ってきたい。もう、すてなくてすむように(笑)

Q6:タダで手に入れたいもの

 駅でくばってるティッシュ

Q7:恋人からもらいたいもの

 ないな〜

Q8:恋人にあげるとしたら

 言われたものを!(笑)。自分で考えるのは、面倒だ。

 って、おいら恋人いないや (爆)

Q9:このバトンをまわす5人

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2005.12.20

日本語でいきるとは

片岡義男 筑摩書房 1999-12-16

英語は人工的にみにつくーー赤ん坊が、しばらくしたら、英語を覚えるんだから、聞き流してれば、身に付く、とんでもない、赤ん坊は、ルール(文法)にしたがって、正しく話される大人の会話を聞いて、自分も、ルールにしたがった話をしようと必死なんだ、だから、大人が英語を身につけるときは、ルール、発音をはっきりして勉強する以外に英語はみにつかない。

日本語は、論理的だが、日本人が論理的な話をする場にいないから、論理的な話ではなくなるんだ。「無理を承知でお願いしますが。。。」これをどう英訳するのだ!最後にいう「よろしくお願いします」これも、英訳しなくていい、言葉だ。

日本人は、本音と建前というが、建前=表ルール、本音=裏ルール、日本社会が、裏ルール(会社内の隠蔽ふくむ)で動いていることを世界はしっている。(ナショナル製、ヒーター、三菱自動車、、、会社に内部留保して、株主に配当しない、これにつけ込まれたTBS、阪神。。これを予見しているような本だった)。

知人は、韓国人から(韓国で)「日本人は、人を殺そうとして罪になった上役の恨みをはらすために、殺されかけた人を殺す、メンタリティをもった国民だから気をつけろ!」って教わった話を聞いた。「」内の話は忠臣蔵のお話です(笑)。

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2005.12.19

戦争ビジネスはもうかる

「ロード・オブ・ウォー」
戦争がおこれば、国民の関心を外にむけることができる。税金上げたって文句言われない。思想の統制はできる。失政に文句をいわせない。国民に耐乏をしいたって文句言われない。戦争は、戦争の準備は、きっと、なにかに役立っている。

「海行かばみずくかばね、山行かば、、、、」=「海へいったら、土左衛門、山へいったら、野ざらし仏」
いわく「日本精神」「武士道」「大和魂」。。。。。。。自発的にひかれるのはいいが、上からは、いうなよ。
かっこいい言葉には気をつけよう、かっこいい言葉をいう人はどうなんだ。

戦争を知るには、遂行する人たちが何を考えていたか、を知ることのほうが大切だと思う。
被害者の悲惨は言い尽くされている、伝承はなされていない。。。。自分だけは、被害者の悲惨をまぬかれると思っている。これだけ、悲惨なんだから、もう、そんな悲惨なことはおこらないはずだ、起こらなければいい、起こらないにきまっている。って人は考える。

だが、戦争を仕掛ける人の考えをしると、私たちは、このような、ことでいいのか、何をしなくてはならないか、がわかる。そういう仕掛けをする人に政権をとらせないことだ。

おもしろい映画でした。どこか似たテイストの映画みたことがあるな~、大統領の暗殺を描いた映画、名前忘れてます。日本では、こういう戦争をしかける人たちのおろかさを描く映画ないな~。

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2005.12.17

本年の稽古終了

「謡」+「仕舞」の今年の稽古が終了。今日はあまり直されなかったし、仕舞の最初の謡いだし、お、師匠の声とハモった!!こんなのひさしぶりだな〜、やっぱり、家でる前にちょこっとさらっといたのがよかったかな。

狂言は、今年最後のは、芝居見物で、お休みさせてもらうので、今年は、もう稽古がない。

しかし、30代から始めた稽古生活、よくつずいてるな〜。最初は小唄、そのつぎ禅(これもまー稽古みたいなもんで(笑)、その後、現在が、狂言・能。この順番を逆にしてると、いまごろは、SAYURI体験ツァーなんぞができてたかもしれないのに<ばか!!
ゴルフやらない、仕事関連の飲み会のつきあいはなし、ってな生活になったのもよかったかな(笑)

稽古生活でもしてないと、叱られるちゅうことがないので、まー、うぬぼれないで、己の程度をしることができてるので、まーおいらには、役にたってます(笑)。

小唄ならい始めたときは、稽古場においでってんで、いったらすぐ、師匠が小唄を唄わせてくれて、「いい、お声ですね」なんて言ってもらったもんだかっら、ずっと、やすみやすみ、舞台にかける曲だけは、稽古にいってた。
で、1年たった同門の宴会で、先輩が
「おまえ、ようつずいたな」
「ありがとうございます」
「おまえ下手やったから、いつまで、つづくか心配してたんや」
(「え。え。え。え。えっ、おいら下手だったんですか(T_T))

狂言も、見学にいったら、台本わたされて、来週おいで、ってんで、始めたんですが、始めた翌年、相手方をプロに方にしてもらった舞台の後の宴会。
「よかったねぇ」
(おいら)「私のが、今日は、一番いいできだったでしょ」

(ほんと、ものをしらないというのは、おそろしいもので、こんな調子だから逆につづくのか〜などと(爆))。

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東京の神社や寺院は、縄文期の記憶を宿している。

縄文期、東京は、複雑なフィヨルド状の海岸地帯だった。陸地だったところと海だったところがある。で、陸地の大地の岬だったところに、神社や寺院がある!

「アースダイバー」中沢新一 講談社2005-5-30

東京の地図に、縄文期の海、陸地だったところを書き入れてみる。
東京タワーは、海原に突き出た大きな半島の上に立っている。このあたりは、「サッ」と呼ばれる聖地だった。ここに、朝鮮戦争で廃棄処分となったアメリカの戦車を解体しー手にはいった良質の鉄を素材にたった電波塔である。

銀座は、元海で、埋め立てて、京都からやってきた貨幣職人を住まわせたところ。
このあたりを仕事場にしていた「金春芸者」は、気位がたかかった。その後、明治2ー5年にかけて焼けたため、ここを日本の玄関とした。

明治初期、田舎からやってきた元田舎サムライを馬鹿にしていた金春芸者。
ところが、名古屋からやっってきた、気さくな芸者があつまったのが、新橋。
ここが繁盛したが、ここは、烏森神社=霊力のつよい狐をまつる神社がある。
この霊力と、新橋芸者で、繁華街は、癒しパワーでみたされる。

サムライをうんだのは、東日本の狩猟民(西日本は、宮本武蔵とか、佐々木小次郎とか、職人芸で、乗馬、集団戦法を得意とした東日本とは異なる)、これは、同じく狩猟民であるインディアンとは、同じルーツだ。

「三丁目の夕日」「ラストサムライ」「SAYURI」関連でひろいだした、記載。

いやぁ、東京って、赤坂、道玄坂、渋谷、日比谷とか、谷と坂のつく地名がおおいなっては思ってたんだけど、そんな過去があったとは(笑)。

東京の地下には、渋谷の街の真ん中を流れていた川が、いまでも、暗渠となって流れている。すごいな〜東京。

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むかし、”加藤の乱”があった。

「老兵は死なず」野中広務 文春文庫2005-15-10
「新しき日本のかたち」加藤紘一 ダイヤモンド社2005-11-17

2000-11-9 加藤 読売新聞渡邊恒雄主催の会で森内閣批判発言
   (10月時点での森内閣国民支持率15%以下)

     加藤このころよりTVでも批判発言
   (このころ、飲み屋がからになり。
    家に帰ってTVをみる人続出)

2000-12-20(月)野党森内閣不信任案 投票 本会議
   加藤派、山崎派、欠席

   (記者 ドラマをこれで終わらせていいのか!)

加藤発言を聞いた野中ー加藤派の古賀と連絡をとり、加藤派分断

加藤支持の国会議員の選挙区を調べ、8割が地元で民主党議員と
争っていることを調査。

18日(金)に決議が不信任案の投票と思っていたが、この日不信
案提出されず、金、土、日をつかって、加藤支持議員に圧力。
(自民党公認候補資格剥奪をちらつかす)

ってな、裏のドラマがかかれてました。
身の下(選挙事情)政治家ってのは、すごいな〜、やっぱり。
身の上(理想論)政治家も、身の下事情を考えとかなきゃ、
喧嘩はできませんぜ〜。

追記 「学はあってもバカはバカ」川村次二郎 かまくら春秋社 2005-11-13に学のあるバカとは、「ケンカの仕方を知らない人」といって、加藤が紹介されていた。ついでに、宮沢喜一元総理も。あそこの派閥学のある人おおかったし。

追記 こういう分野の本がすくないので、高村薫「新リア王」で、マーケット拡大したのかな〜。

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2005.12.11

いろんな売り込み

仕事場で、休日は、留守番電話してるのに、ときどき、人と話したくなって、かかってきた電話をとることがある。

「外壁のペイントを新開発しまして、特別に材料費だけで、やらせていただきます」
「だいたい、いくらくらいですか。」
「@@@@さん宅は、、、、」
「なぜ、私ところの個人名がわかるんですか?」
「NTTの電話帳で。。。」
「個人名で乗せてないんですけど。。。」
「じゃ代表名で、、、」
「代表名でも乗せてないんですけど、、、もう、いいですわ、その話」
「いいわ、ちゅうことはどういうことですか」(ここですごむ)

この間は、石油の先物取引だったけど、「その話いいや」って言った瞬間「いいやってのは、どういうことですか、私がこんだけ話をしたのに、どういうことですか」
「だって、途中で気がかわることはあって、それをあなたにせめられなあかんわけ??」
ってな調子だった。これ、受けた人が、普通の人だったら、こたえるよな、一人暮らしのおばあーちゃん、おじーちゃんだったら、、、、、こういうタカビーな商売がありますんで、ご注意を。

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2005.12.10

SAYURIよりKAORI。。。

あの勘定高いそろばんはじく、置屋のおかみ、こういうのが男の見立てはいちばんすごいんだろうな。

SAYURIよりコン・リー、え、え、え、「愛の神・エロス」のコン・リーのエロスは、ハリウッドへ行くとあんなもんになっちゃうわけ~????

SAYURIより(もう、えーーちゅうねん)。。

「諦念」+「意気地」+「媚態」(これが「いき」@九鬼周造)なんてのは、なくとも、いいのですが、まー、ハリウッドが理解するジャペアンはこんなもんですかね。雪を降らし傘さして、花道あるくSAYURI、おいらは、蜷川演出かとおもいましたよ(笑)。

しかし、のっけから、うじゃうじゃと狭い街に人があふれてる、おお、アジアンテイスト。

女は、過去に受けた恨みは、どこかではらす、腹に一物背ににもつ、女性はこわいぞ(笑)。「水」って、つぎに蛇ってくれば、エロスの象徴なんですけど。でも、一目で、男をころす、目つき、出会ってみたいもんです(笑)。

おもしろかったです。映画「SAYURI」。

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2005.12.09

薪は灰になるけど、灰は薪にならない。

「薪が先で、灰が後じゃない、灰は灰、薪は薪、でも後先はあるんだけど」(道元、正法眼蔵」)。何度か挑戦したけど、「正法眼蔵」はわからない。「うまず女は、夜児を産む」など歯がたたない。

大学時代、参禅会ってのがあって、近所の禅寺で、1週間泊まり込みがあった。おいらは、軟弱だから、昼間だけ、参加させて下さい、夜は下宿で寝ます、あ〜いいよってんで参加したことがある。禅をすると、感覚は鋭敏になって、離れで老師が、うどんをすする音が、聞こえる(こらぁ、そんなに大きな音たててすするな!)(っても、普段なら聞こえないのですが)(まー空腹のとき、角をまがった焼き肉屋がにおいでわかるってのにも似てる(^^))

40歳終わり頃、1年だけ、月1回の参禅会に1年だけ参加してた。これは、食事、座禅堂の掃除もこみだった。ここで、「正法眼蔵」の購読を受けた。でも、ますますわからない。寺田透、森本和雄の解説も読んだがますます、わからない。

ちなみに、禅はエリート主義だから(だって、己一人が仏になれればいいってな仏法だから)、これにつかれた人のなかには、「あ、あ、この人禅さえやらなければ、いい人なのに」ってな人に、何人かであった(^^)。

「ゾウの時間、ネズミの時間」の著者が、「ネズミも時なり、竹もときなり」という道元の時間論を読み解いてゆく。「いくたび過去を思っても、それは今なんだ」ってのを、一瞬のうちに違う曲にとぶMDを例に、時間が長いテープのような時間じゃないことを説明してくれる。

おもしろい本でした。

「おまけの人生」木川達雄著、阪急コミニュケーションズ2005-6-19

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2005.12.07

竜馬の妻と夫とその愛人

明治の御世、竜馬の妻は、甲斐性のない男と暮らしている。ここを訪れた妻の妹と一緒になった官吏の男が、竜馬の13回忌に、妻の出席をもとめて、やってくる。ただし、もし、妻が竜馬の妻ににふさわしくない生き方をしていたら殺せと密命を受けている。妻のお竜さんは、竜馬に似た男を愛人にしている。お竜さんの運命いかにってな、サスペンス+お笑いのドラマ。おもしろかったですよ。

竜馬のように、奔放で、「おれはお前を命をかけてもまもる」って言ってくれるけど、この男、竜馬の真似してる、竜馬フリークだし、この男もなんだかな~

自分の妹を嫁にして、自分にほのかに思いをよせてくれる、竜馬に忠実な官吏の男もなんだかな~

一緒になったけど、どんな仕事をやらせてもながつづきしない、もとはお坊ちゃんの男、「竜馬は死んだ、僕は、君のために、今、君の世話をできる、君と会話できる、君と肌を寄せ合うこともできる、僕は君のことをずっと思ってる」って言ってくれる男も生活力がないし、なんだかな~

竜馬が死んで現れる男はこんなのばっかり。おいらだったら、どの男もなんだかな~です(笑)

でも、竜馬に惚れて惚れて、竜馬が死んだ後、もう、どんな男が現れても愛せない、しかし、夫はいる、いきづれに愛人はつくる、妹の旦那をくどく、昼間はのんだくれているお竜さんもなんだかな~。かかわったら、もう、お仕事もままなりませんよ、きっと^_^;

でも官吏が、お竜さんに言う「お前なんか、竜馬の妻じゃなきゃ、ただの女中じゃないか」という叫び、お竜さんが男たちにいう「私は、竜馬のほかに愛した人はないいんだ」「お前さんたちは、世間体ばかりじゃないか」言葉、家を出てゆくお竜さん、現代のノラ@人形の家ですね^_^;。

三谷幸喜作、東京ボードビルショー 佐藤B作、あめくみちこ他

追記 お竜さんは、龍馬の死後、飲んだくれて、始末に負えぬ女として、放浪のすえ横須賀辺にながれ、巷間で、日露戦争の後死亡。「あたしは、明治維新の坂本龍馬の女房だと、肌脱ぎになって威張り散らしていたという(貴司山治などの調査による)

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2005.12.06

Mr.&Mrs.スミス

ふーん、夫婦でカウンセリングうけるのはやってるんだ、こうやって、倦怠期乗り越えるんだ。

敵と戦うところ以外の台詞って、普通の夫婦っぽい会話だし、、最後の質問で、ブラピが両手広げてってもしゃれてるし、「トロイ」なんかより、こういう映画の方がいいな(笑)。

あれだけ、美人、スタイルばつぐん、有能な仕事人の女性なら、ブラピも分がわるいよね。ついてゆくしかないと思うけど(爆)

最初の二人のダンスは、なまめかしいし、きちっと踊るダンスもいいし、アンジェリーナ、生意気な女性かと思ってたら、かわいいし。。。S女風いでたちも素敵さし(エンターテイメントとしても、おもしろいよ)。
(も、ってのは、こういう風にやりあっておかないと、ほんとのことを隠してると、感情をかくしてると、夫婦関係しんじゃうよ、ってな教訓的な話もありーーで、役立つかも(笑)ってのがあってのことです)。

この映画、二コール・キッドマンにもオファがきたみたいだけど、二コールは、こんな(失礼)映画に出て、肌きずつけてはいけません(笑)

おもしろい映画です。こういう映画みると、邦画がかすんでしまう^_^;。

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2005.12.04

熱狂・猥雑・ノスタルジー(その1)

ブログをはじめてそろそろ1年になります。(引っ越したので、書き始めのは消えてます、しか最初が「約30の嘘」だから、12月29日か30日^_^;)

今年の芝居で興味深かったものは、蜷川さん、演出作品で日本人作家のもの、清水邦夫「幻にこころもそぞろ我ら将門」(1975初演予定)、井上ひさし「天保十二年のシェイクスピア」(初演1974年)。

「天保」は、シェイクスピア作品をパロって舞台を、宿屋一家の争いにからめたもので、猥雑(エロス含む)、エネルギーが瞬間に爆発したような作品。

「将門」は、将門が官軍の戦いに負けて、敗走するうちに、頭を打って気が狂い、自分(=将門)は、将門を倒さなければならない、と、思い込み、将門を追い続けるという物語。

私は、団塊の世代だが、私らの大学時代は、一年全学部学生数2000名くらいだと思うけど、学生集会で、約70名が捕まったことを経験している(今、これを書きながら、この数字まちがってるんじゃないかと、って思うほど。おいらの記憶ではそう)。

この時代、みんな企業とかに就職してるんで、今までの叛乱(=将門)から、叛乱じゃない秩序(将門ではない生活)に移って、なお、叛乱の記憶(=将門)を消さねばならぬ、状況の、メタファのような物語だと理解した。追記 叛乱は、秩序維持している人に、こういうものが起きてはこまるってイメージの中にいきているかもしれない。この間の選挙の熱狂、もし、反対側に起きてたらなんて考えるかもしれない。

あの時代に上演された「怒りをこめて振り返れ」A・ウェスカーオズボーンも、今年地人会で上演されている。

熱狂+猥雑の時代から、その終焉ってな構図の捉えなおしかなとも思う。

現代は、熱狂も、猥雑もない時代だ。

昨夜のパーティで出会ったさる労組の幹部の話では、若者は「なぜ、組合にはいらねばならないんですか、なにか、いいことがありますか?なぜ、ボランティア活動をしなければならないんですか?」って聞いてくるという。

あの時代、憲法を改正するって、ありえない話だったのが、いまは、憲法そのものに無関心だ。

熱狂をもったあの時代と比して、現代をどうとらえるか、それが、上記2つの作品を今上演されるテーマだろうか。
そういえば、宮本研の革命四部作のうち、「美しきものの伝説」「夢・桃中軒牛右衛門」も今年上演されている。

どうもそのような気がしてならない。

上演は、あの時代の挽歌なんかじゃないよね?

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熱狂・猥雑・ノスタルジー(その2)

映画でおもしろかったのが、

「姑獲鳥の夏」
「運命じゃない人」

「姑獲鳥」は、最初の堤真一扮する京極堂の独白がよかった。
推理小説は、ある「事実」(トリック)が解けない、これを解こうとする物語である。この「事実」をいかにつくりだすかが勝負だ。ところが、「姑獲鳥」は、自分の「脳にうつった、解けない事実」(脳にしかけたトリック)を「脳」が解いて行く物語だ。この独白で、あーー、あたらしい、推理小説だと思った。
(ちなみに、おいら推理小説ファンではありませんが)。

「運命」は、それぞれの数時間(朝のシーンがあったけど、それをのぞくと数時間のはず??>あやしい(笑))をカットわりで、挿入し、つづけるという、知的な脚本であった。

どちらも、要求されているのは、「だまされた脳」を読み解く「脳」(「姑獲鳥」)、それぞれの時間をきっちりはめ込む「脳」(「運命」)がテーマだ(強引に)。

「三丁目の夕日」も熱狂の時代を描くものだ。戦後の私たちからみれば、親が必死だった時代、(その1)に書いた「天保」「将門」は、叛乱の熱狂の時代。どちらも、団塊の世代にとっての過去の熱狂、少年時、青年時の時代の記憶を呼び起こすものだと思う。

今、時代の中で、読み解く「脳」が要請されているんだって、強引に結論つけておく。

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2005.12.03

あわただしい12月

パーティ、立食なら、抜けて映画って思ってたけど、テーブルだった(T_T)。まーしょがないか。
今月、これからみる予定の舞台は
 「竜馬の妻とその夫と愛人」東京ヴォードビルショー@佐藤B作他
 「セパレート・テーブル」自転車キンクリート@坂手洋二他
映画は

 「みやび」
 「Mr&Mrsスミス」
 「SAYURI」
みやび、見れないかもと思って、パンフだけ、この間、「ドア・イン・ザ・フロア」みたとき買ってきた^_^;

これくらいになってしまった。28日まで、仕事はいっちゃたし、まー後は年末までまっしぐらですわ。

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2005.12.01

ソーホーのマルクス

こぶし書房 ハワード・ジン 竹内真澄訳、岩淵達治監修。岩淵さんは、ブレヒト戯曲全集の訳者だ。

「戯曲」ですが、一人芝居。
ロンドンのソーホーに住んでいたマスクスが、200年ニューヨークのソーホーへ、アジテーションをしてはならないと約束させられてよみがえる。
「支援してくれるガンディは断食してくれたし、釈迦は南無阿弥陀仏と祈ってくれた」
イェニーとの夫婦生活、娘のこと、バクニーンとの討論、一瞬のパリコミューンの栄光を物語る。

アメリカのGNPは、7兆ドル、500人にみたぬ人に、2兆ドルが集中している世に、なぜ、マスクスが死んだ!といわれなければならぬのかと、怒る。

A6で、80ページだから、上演時間がかいてないが、60分くらいだろうか。ときどきビールを飲みながらのひとり語り。観客はのべ83回笑った(訳者は、芝居見て数えたみたいです(笑))。
この芝居、日本では、上演されないよな~(T_T)。きっと。サヨからは不真面目って言われるし、ウヨは、こんなの問題にしないし。(ウヨ、サヨ、最近の言葉みたい(^^ゞ)

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