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2006.01.28

「単騎千里を走る」「フライトプラン」「オリバー・ツィスト」

サスペンスものでした(あれ、ちがったっけ)。

「単騎、、、」は、病気の息子に代わって、中国奥地での京劇風「単騎千里を走る」を録画するために、中国にでかかる父@高倉健、演じ手は刑務所にいる、刑務所での録画の許可を取らねばならない、さらに、難題がまっている、、、、、果たして父は、中国にいる間に、録画することができるのか????

「フライト。。。」は、夫を失った飛行機の設計技術師が、娘とともに、飛行機に乗る。娘は、後ろのシートで眠る、母が眠っている間に、娘がいなくなる、娘を訪ねるが、誰も、娘が飛行機に乗ったことを証言してくれない、スチュワーデスすら。夫を失った妻は、夫の死でナーバスになっている。。。スチュワーデスから、機長に「娘さんは、夫とともに亡くなっている」という報告される。果たして、娘は、いるのか、いないのか?

まー義経主従が安宅の関を越えられるかどうかっていうサスペンスものなんだけど。
「単騎」は、父が、仏心をだして、演じ手に、もう「単騎」を録画しなくていい、ってあたりで、緊張が切れた。

「フライト」は機内に娘がいるってところで、緊張がきれた(ここから、別のサスペンスがはじまるんだけども^_^;)

義経主従が安宅の関を抜けてから「安宅」@能、「勧進帳」@歌舞伎は、富樫が酒をもって、義経主従を追っかけてきて、弁慶に酒をのますのだけど、サスペンスの緊張はきれない、弁慶の富樫は、まだ追いかけてきているのではないかという、疑心が続いているから。

サスペンスで、緊張がきれるとねぇ(単騎は、サスペンスちゃういうてますやろ!)。

「オリバー」マルクスが「資本論」で書いてる、イギリス初期資本主義前の時代の有様ってあんなのだったんだって、感想が簡単になってます。3本みちゃいけません、反省。

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2006.01.27

「脳の中の人生」

中公新書クレラ 茂木健一郎 2005-12-10

セレンディピティって知ってますか? 「偶然、幸運に出会う能力」。まぁ素敵な恋人に出会える能力っていいますか、科学上の大発見も偶然おこりますが、まーこれに類する能力。
自分の頭が、偶然の出会いを見逃さないってな風になってんだそうです。うーん、乙川優二郎の小説のように、どうしようもない男ばかりにめぐりあう女性ってのも、脳が選択してんでしょうね^_^;

読売ウィークリーの連載ものが本になった。最近、DSトレーニングにはまってて、そう、例の松嶋奈々子の「げっ、52歳かよ!」ってCMで有名なもの。脳の衰えが気になってます。

ライブ感、サッカー、演劇等をTVでみるのと、ライブで見るのとは迫真性が違う。脳は、この違いを心得ている。ハッピーな映画を見た後、英単語を覚える能力が増している、幼児は、保護者の与える安心感があって、初めて探究心が動く、意外と脳は感情と関連しているらしい。

昨日見た映画が「レジェンド・オブ・ゾロ」 まーアメリカ風「鞍馬天狗」(ゾロが本家なんでしょうが)。杉作には、ゾロの息子ホアキン。働きすぎて、女房に疎まれ、こどもにがっかりされてる父ちゃんでもある、美貌の妻ゼダ・ジョーンズにさられて、酒びたりになる、どこにでも、いそうな父ちゃんでもある(笑)
どきどきはらはらであるが、ゾロは人を殺さない、悪人が勝手に死んでゆくのは助けないけど。
アメリカって、州が合衆国に併合される契約を結ぶ国なんだ。悪は外からやってくる、ってなシチュエーションが好きな国なんだ。

最近、すすめてもらったのが「逆境ナイン」、話をきいてると、おいらの好みにあいそうでした。

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2006.01.25

「相棒」「神はサイコロを振らない」

相棒は、昔あったTVドラマ、シムノン原作、愛川欣也がでていたものに似ている。こういうしずかな推理劇は好きだ。この間二兎社「歌わせたい男たち」に出ていた大谷さんが出ているのを知らなかった。それと、「運命じゃない人」の詐欺師のあゆみちゃんがでてます。板谷さん、「運命の、、」方が、よかったな~。

「神はサイコロを振らない」。昔「すいか」というTVドラマがあった。小林聡美、ともさかりえ、浅丘ルリ子、白石加代子、高橋克己、小泉今日子等がでてました。なにか、このドラマのティストに似てる。いやぁ、面白いドラマです。日常が、なにがなく流れてゆく、この日常がかけがえがなく大切なんだ。遭難した航空機が、10年後の世界に戻ってくる。乗客は、当時のまま。かえってきた世界は10年後。いわば、タイムスリップした航空機の乗客、ただし、乗客が、この世界にいられるのは、10日。

後、何日しか、生きられない世界。この世界での、10年後の人々、乗客のかけがえのない時間が切ない。
小林聡子の「私の好きな人は、知的で、決してあわてず、大声で叫ばず。。。。」というなれショーンに合わせて、知的でなく、あわてて、大声でさけぶ、恋人山本太郎@月の行動が映る、笑えるけど、ほんと切ない。。。。市川実和子@「イン・ザ・プール」も漫才師の元相方で出てます。「三度のごはん、きちんと食べて、火の用心、元気で生きよう♪」(井上ひさし@「兄おとうと」で歌われる歌ですが)こういう、日常の喜劇、悲劇が、きちっと描かれているドラマです、この「神は。。。」は。

最近は、「輪舞曲~ロンド」のチェ・ジウ&竹之内豊でしょ、なんか、インアファナル・アフェア(警察官が悪の組織に潜入、悪の組織からも警察機構に潜入ってなドラマ)のパクリのようなストリーではありますが、結構、はまってます。

TVドラマも、大人向けになってきたのかな(笑)。

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かって、丸山眞男って政治学者がいた。

「丸山眞男の時代ー大学・知識人・ジャーナリズム」中公新書@竹内洋を読む。最近丸山眞男に関する新書が多くでている。

丸山が青年時見た、「右翼」からの「帝大教授」に対する排斥のすごさ。丸山は、これを見ていたから、知識人として大衆を啓蒙ー戦前の大衆@戦争を、軍国主義を支持した民衆にもどらないようにした、という指摘。

「再軍備とナショナリズム」講談社学術文庫@大嶽秀夫も、吉田茂、芦田均等、西欧を体験し、リベラルな人が、自衛隊をつくるに際しては、伝統的政治文化を利用しようとするー天皇制、日の丸、君が代ー。指導者は、大衆が、自由主義を支持するとは考えていなかった。という指摘。

うーん、左右どちらの陣営も、日本の大衆が自由主義を支持するってのには懐疑的だったんだ。いずれもが、不和雷同し、流されるのが民衆だと思ってたんだ。

それと、西村栄一(西村真吾の父)、西尾末広らの「民社党」は、再軍備を主張していた。これで、民社党と「経済改良主義」(革命ではなく、経済の改良」と経済政策で一致する、社会党内右派と連携がとれず、社会党は左派が牛耳ることとなり、1960年代に、西欧では、社会民主主義=現実主義が政権ととったりしているのに、日本では、1986年、やっと、日本社会党が、マルクス主義から決別する結果となった。

そうか、なぜ、西村真吾のような、自民党右派より過激なナショナリストが民主党にいたのか、社会主義政党の、マルクス主義からの決別が日本では遅れたことがよく理解できる。

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2006.01.23

兄は姉と、弟は妹と、、、、

「兄おとうと」@紀伊国屋ホール 姉妹と兄弟が、それぞれ、兄は姉と、弟は妹と結婚している。その兄弟の物語。

東京でお仕事があったので、ついでに(仕事がついでかもしれない、おいらの場合は(^^ゞ)。

おもしろかったのは、作造の留守に、帝大吉野研究室に、彼を殺そうと忍び寄った右翼。作造をしたって中国からやってきた袁世凱の18番目の娘。それに、作造の妻。
妻、娘が、「はちがつのかわあそびは、たのしい、テンシン♪」ってな夢の街天津を歌いながら、カンフースタイルでおどる、そのそばで、にがにがしい顔であるく鉢巻、学生服姿の右翼、ところが、歌につれて体が動いてゆく。。。。
ここが面白くって面白くって、なぜ面白いんだろう???この方喜劇出身って思ったくらい。

大正デモクラシーの発火点「吉野作造」、作造の弟は、商工省大臣となる吉野信次。信次は大震災の後官庁を霞ヶ関に統合する、岸信介、「木戸日記」の木戸幸一は彼の部下。

国は何によって統合されているか、兄は憲法==民衆の代議制度を通じてできた=、弟は、帝国憲法を元に作られた法の網として、この兄弟の対立を通じて、「民本主義」(当時は民主主義と言えなかった)を唱える作造の主張があらわになる。

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2006.01.21

橋は端っこと端っこをつなぐ、、、

ものだ(「日本の橋」@保田與重郎)、能舞台の「橋掛かり」は、あの世と、この世をつなぐものだ。って、関係のないことを書いてます。

博士の愛した数式にでてくる薪能はやはり江口のキリでした。(ただし、「おもえば、かりの宿り、、」からはじまってましたが、シテさんは、観世てつ之丞=井上八千代さんの夫さんです)
罪深い遊女が菩薩となって去ってゆく、能舞台の「橋係り」を通って。

(面は「若女」かな、この面は、お手伝いさん@深津絵里が、博士を夜通し看病する部屋に飾られてます、まるで、二人をのぞき見る様に)。

で、博士と愛し合った義姉@浅丘ルリ子が、博士の住む離れと、自分の住む母屋を隔てるとびらをあけておきます、という、その前に、橋を渡る=まるで、能の橋掛かりにいる江口が菩薩に変わったような慈愛をみせて。

博士の愛した数式=目に見えないものをみる=の世界の奥に、隠れている煩悩の世界がテーマではないかと思うほど、浅岡ルリ子の愛=煩悩が浮かびあがってくる。

目に見えないものが、感情とか、直感にささえられていること、世界は、美しい公式であらわされなければならないこと、虚数と、謙数と、、が個人と合わさって世界を構成していること、、、。

博士の、毎度初めてのように言う、深津絵里に言う言葉が笑いを誘う。

「目に見えないものが見える」、世界の美しさも、煩悩も。

いい映画でした。吉岡さんも。

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2006.01.20

「ボン・ヴォヤージュ」@DVD

女優が舞台を見ているところからはじまり、その女優の映画を見ている元恋人と、その元恋人の新しい恋人。見ている映画の「fin」ってな文字が出て、本体の映画も終わる。

時代は、ナチドイツがフランスを占領し、親独政権@ペタンをができる時代。
原爆を発明したらしい、ユダヤ人教授、イギリスへ逃げようとしている。
女優は、殺人をおかしたが、その罪を元恋人にかぶせ、庇護してくれる大臣の愛人になっている。元恋人は、ナチがパリを占領する間際に脱獄に成功する。

教授は、元恋人は逃げおおせるか?ってなサスペンス喜劇。

この女優にかかわったばかりに、ついつい、不運を招き寄せる、恋人。
自分の魅力を知り、これを利用し、つぎつぎ、男を利用し、生き延びてゆく女優。

思いしろい映画でした。
おかげで、もう一本借りてきた「トニー滝谷」がかすんでしまった^_^;

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2006.01.15

「スタンドアップ」

うーん、アメリカの民主主義は、この極東の小島とは、格がちがいますな、「ドッグウィルドッグヴィル」と言い、この映画と言い。

さえない弁護士、元アイスホッケーの選手が、法廷で証人を挑発する言葉が、おもしろい。

「セクシャルハラスメント」を「性的迫害」って訳していたけど、「セクハラ」で通じるようになってるのに。昔って30年くらい前、禁煙権って言葉が出てきたとき、国鉄の課長が、「禁煙の車両をもうけるということは、煙草をすう人の権利を侵害するのでは。、。。。」なんてコメントしてた(「嫌煙権」@岩波文庫)。日本で、「禁煙権」が定着するまで、アメリカでこの権利が確立されてから20年はかかってる。

嫌煙権もアメリカで、訴訟が起こって認められたものだ。アメリカで確立された権利が、日本へ輸入されるまでの時間が短縮されている。セクハラも訳が定着しない間に、権利が定着したんだろうな。

法廷劇でもある。訴訟を最後にささえてくれるのは、仲間である。

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2006.01.14

「プライドと偏見」

高慢ちきだと思っていた男、実は、恋する女の偏見だった、ってお話(短い要約ですいません)。

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「THE有頂天ホテル」

やりたいよ~にいきたいな、ウンパッパパ♪生きたいように生きたいな、ウンパッパ♪
(「真田風雲録」@主演古谷一行の舞台で十勇士が歌ってた歌がこんなだって、思い出しました)

映画では、印象的な歌がみっつ歌われてますが、ネタばれになるので、書きません(^^ゞ

映画観終わった後、舞台のときと同じように、拍手したくなる、そんな映画でした。

みんなが、自分のやりたいことをみつけてゆく、みんな、かっこ悪いけど、それが自分だ、ってメッセージが深いところで、届いてくる、そんな映画でした。

ひさしぶりです、こんなに声あげてわらっている観客と一緒だった、映画。
もう、みんなにお勧めです\(~o~)/。

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「小泉純一郎」

さるパーティに行ったら、挨拶に、「小泉純一郎」が登場、えぇぇ、主催者側で芸たっしゃな人が物まねしてんじゃなあい、って、出席者は、醒めた目でみてた。ところがこれをギャグにして『こんなテンションの低いのはじめてです』って、ギャグ連発、会場が沸きだした。

おお、これって、小泉さんとか、田中真紀子の物まねしたり、政治風刺劇を演じている「ニュースペーパー」の人だって確信した(舞台みたことないんだけど、おもしろいとは聞いていた)。

「みなさん、私のことを、思いつき、何も考えてないっていいますが、わたしは、ほんと、何も考えていません」「小泉のための小泉の政治をやりたいだけです」「憲法は、「紛争を解決するための手段として」戦争を禁じていますが、紛争を解決するのではなく、起こすのは禁じていません」「この前の選挙は、郵政民営化に賛成するか、反対しないか、を問う選挙でした」

「ライス長官、IQ200です、愛嬌は20%です、怖いです、だから、アメリカ牛肉の輸入を決めました」「ぜんぜん、問題ないです、j狂牛病、潜伏期間がありますすので、そのころ私は、総理をやめてます、ぜんぜん問題ないです」
「いま、財政はわるいです、みなさん、貧しさにたえて、たえて下さい。そのうち、耐えることに慣れます、きっと、大丈夫です」

しかし、ほんとに、このようなことを言ったとしても、小泉さんを支持する人がおおいのではないか、と思えたのが、こわかった。で、悪酔いして、祇園へでかけ、午前様の帰宅となりました。

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2006.01.11

稽古はじめ

9日(休日)から狂言の稽古がはじまって、一人芝居の稽古がはじまった。

この一人芝居ってのがおもしろい。
だって、「いや、川の瀬の音がいたす」なんて台詞をいうと、そこは川の瀬なんだもーん。
って、この楽しさをどうやってわかってもらえるか。

「那須の語」(那須の与一が、扇を矢で射る)のときは、舞台上は一人だったけど、語り手でしょ、「こーーれ、遊ばせ」と招く女官、「あれは、なにぞ」の義経、「あれは、射よと」の後藤兵衛実基、それと「与一」。義経の周りの者、扇を射た後、ほめる、源氏の兵、平家の兵、8役だったもんな。

 今度は、一人一役。いいぞ、って台詞覚えるのが大変。

 それと、狂言では、太郎冠者、次郎冠者、主の他は、原則として役名がなく、たとえば、野村萬歳が出てて、これに呼びかけるときは、「あれにおりゃる野村萬歳殿に、まーずたずねてみょ」ってなことになっていて、「それがしは、娑婆で、@@@@の****と申すものでござる」ってな台詞があって、おいらの職業と本名がはいる、これが嫌だ。「インターネットのブログでは、悠と申すものでござる」と本番では台詞をかえてやろう(笑)。

題名は「冥土行」。なーに、間違いで、冥土におくられた主人公が娑婆にかえってくるという物語なんだけど。

 

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2006.01.09

映画「男たちの大和/YAMATO」

「戦艦大和の最後」(吉田満著)にでてきたと思うんだけど、地獄のような状況が、後半、描かれている。

臼淵大尉が、「負けて目覚める」という台詞、「戦艦大和の最後」に、職業軍人と、学徒兵との対立をかいてるとこに出てきて、そのときは、感動していたが、その後、ずいぶん、非論理的な話だ、と思ったことがあって、いまでもそんな気がする。日本語って、「死んで気になって生きる」とかもあるけど、これっていいかえれば、「いける屍」だもんね。

戦争の、大和に戦闘を命じた責任者はだれなんだ。戦争の悲惨さを思うと、戦争のメカニックを本当に、分析してほしい、と思う。私たちは、降りかかった天災のように、思って、忘れてしまうってのがいけないんだけど。
レイテで、捕虜となり、「勲章」を辞退していた大岡昇平は「私はこの前の戦争で捕虜になった。死んだ戦友に対して、常にすまない」と思っていた。と書いている。たぶん、昭和天皇に対する違和があったはずだ。

最後の鈴木京香の台詞に泣いてしまった。劇場では、すすり泣きが聞こえてきてました。

最後の「9・11」のときのように、特攻が敵の艦船に突っ込んでゆく(人の命を軽んずる思想をおいらたちは、いまでももってるかもしれない)、それと、席をたとうとしたあとの、兵の日常がうつされている場面、戦争が日常となってしまったら、おいらたちも、普通に生きてるんだと思う、この感じをどういったらいいんだろう。

この映画、飯炊き兵の現場もあって、どんなときでも、飯食わないと生きられないよ、ってなリアリズムがあってよかった。たぶん、おいらは、このリアリズムを忘れると、「お国のためには、身をすてなあかん」ってなこと思ってるんじゃないかな、「身をすてるほどの祖国ありやなしや」と問うこともなく。「おかあさん、どうか、どうか、、私のことは忘れてください」。。。「どうか、、、、忘れないで下さい」とかけないつらさが身に染む。

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「小劇場が燃えていた」

小森収 宝島社 2005-12-15
1980年代から1990年代半ばまでの観た演劇の回想。

1979年「どうしてこんなに芝居がおおいのだろう」という劇評がでていた、今なら、東京にいれば、映画感覚で芝居を観られるくらいにおおくなってるはずで、もう、どれをみたらいいのか、わからない、状態になってるはず。

それと、「演出家が役者に緊張関係を強いる」という劇団の組織のありかた、「役者が、訓練をどこでうければいいのか(継続的に訓練する場がない)」ってのは、社会の他の集団でも、同じことが問題になるかな、って気がする。

「夢の遊眠社と野田秀樹」という章から始まる。遊眠社みたのは、中座@大阪の「贋作・桜の森の満開の下」(毬谷友子、松重豊(そこそこラーメンのオヤジ@「亀は意外に速く泳ぐ」)さんらが出てたものかな)。

書かれている劇団、芝居の中で、私が、見ている芝居は、「西遊記」@「黒テント」。京都、岩倉にあった映画館で、やってた「阿部サダの犬」とかのつづきでみた。本では羽根木公園って書いたあるけど、大泉学園前まで、行った気がする、つうことは、私、そのこを東京にいたのかな?。これ、あ、能・狂言で、自己の行為を説明する、そういうものの影響うけてるって、当時、思った。佐藤信の「阿部サダ。。」とは、ちがってて、変な感じがしたを覚えてる。

岡部耕大の「空間演技」の松浦物もそのころみたんだろうか。

「青い鳥」は、木野花がいるころみてたな~。舞台で必ず食事する場面があるのを覚えてる。遊◎機械全自動シアターの高泉淳子の山田のぼる物みたのは、もっとあとだろか、「ライフレッスン」で、こどもが自分をビデオにとり「20年後のぼくに、ぼくはどうしてますか?」と問いかかる少年が切なかった。

イッセイ尾形は観てる、マルセ太郎は、3回ほどみたかな~。

第三舞台、第三エロチカ、つかこうへいの舞台は生でしらない。

感想書いてればとか、その当時買った脚本残ってればと、思うけど、しようがないや。
芝居観てない年もあるし、映画観てない年もあるし。
「万博」行かないし、「TDL」行かないし、「ゴルフ」行かないしな~。まーお仕事優先だもんね、おいらは(爆)。

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2006.01.08

「日本の覚悟」

中西輝政(京大教授) 文芸春秋社 2005-10-30

自民党と民主党の連立が取りざたされている。「自民党・民主党大連立のすすめ」(初出は、文芸春秋2005・2月号) で著者は述べる。
イギリスでは、1932年保守党と労働党が、「挙国一致内閣」
(当時は、大恐慌の影響で、ゼネストが頻発し、凄惨活動が停止するという状態。結果労働党の党首が首相となり、失業手当、社会保障の大幅カット断行、治安回復)
西ドイツ  1966-12与党キリスト教民主同盟 社民党が「保革大連立内閣」憲法改正を行った。(このときの社民党の党首ブラントは「デモクラシー」@演劇の主人公だ)
その後野党は、政権をになえることをアピールし、連立解消して与党になった。

著者は、与党+野党の連立は、民主党には、政権をになえる党であることをアピールできる、自民党には、公明党におんぶにだっこという状態から抜け出せる、とい利点があるという。

しかし、しかし、しかし、、、、、、これで憲法改正がなったら、悪夢じゃ、悪夢じゃ。って連立組まないでも、改正ありうるかもしれないけど(トホホ)。地方議会では、民主党+自民党が連合つうか、知事与党ってなとこおおいし、国も地方なみになるか。

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2006.01.07

目を閉じたときに見えるものを教えて。

「綴り字のシーズン」@映画
ユダヤ教徒の宗教学者=リチャード・ギア、息子、その恋人(ヒンズー教徒)、妻、娘(小学生で、綴り字大会で、全米大会にまで、出場し、優勝を争う)。

最後は、ハッピーエンドなんだろうか?それぞれが抱える、魂の救済が、どうなるのか、映画は投げ出したまま終わる。「世界を」「復元する」これが言葉の使命なんだろうが、言葉過剰になっているだろうな、アメリカは。

言葉の不思議さは、綴り字大会で勝ち抜いてゆく、娘が体験する、さまざまを観てください。
言葉で救われないのは、妻、息子の体験を見てください。

すべてを支配していたはずの最後のリチャード・ギアを観て下さい。これはなんなんだろう??

でも、言葉、宗教、これを、こんなに表現できている映画、おもしろかったです。
宗教の回心体験(=神秘体験)ってあるよね、って、どこかで、納得できます。

でも、これ観てると、言葉の少ない日本の病理、言葉過剰のアメリカの病理、が、見えてきます。(どこかに日本に関係あるよな、ってな言葉と場面がでてきます)。
何も書きませんが、書くとネタばれになりますので、あしからず。

「目を閉じたときに、見えるものを教えて」台詞でもあるし、歌にもなってます。あと、ヒントは万華鏡かな、エンディングまで、しっかり、みましょう。

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2006.01.06

博士の愛した数式

届いたキネマ旬報を読んでると、薪能の舞台が出てきて、それが、「江口」だと、シテさんが舞う写真入りででてます。

これはキリかな(これっキリのキリで、能最後の場面かな?)。

シテ「波の立ち居も何故ぞ、かりなる宿にこころとむるゆえ」
地謡(バックコーラス)「こころとめずは浮き世もあらじ」
シテ「人をも慕わず」
地「まつ暮れもなく」
〜〜〜〜
シテ「思えば、かりの宿」
地「思えばかりの宿にこころとむなと、、、、、」
ってなとこあたりかな???

この場面、原作者も出演です(^^)

江口は、西行法師と江口の遊女との歌の掛け合いをもとにつくられてるんだけど。。

映画観るの楽しみにしてます。それと「有頂天ホテル」、「12人の優しい日本人」のチケットとれなかったし、三谷さんは、これを期待。

あーーそろそろ稽古がはじまりそうだ(^^)

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2006.01.04

たいこもち芸

今年初めての劇場観劇。南座。前進座「たいこどんどん」
梅雀のたいこもちと、若旦那が、幕末から明治まで、釜石、遠野、新潟なんぞをめぐる道中受難物語。喜劇なんだけど、もうすこし、テンポがよかったらな~って思うけど、まー、たいこもち芸が見られたので、よし。(でも、南座で35公演/1月3日から23日まで(一日2公演ある日もあり)演じるってのも、すごい。

常磐津の前身の「富本節」をたいこもちが、三味線をつまびきながら語るってのが、梅雀。これは、うっとり、聞きほれてました。つくずく、おいら声フェチだと思う。

だじゃれが出てくるんですが、お分かりか?(下品なのも、っつうか、そればっかりですが(^^ゞ)
1「冬のかえる」
2「雪の小便」
3「うさぎの糞」

1 かんがえる 2 ほれた 3 つながらない

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1/3あれこれ

夜型の生活にもどってしまってる、もともと、早起きは、無理してるんだ~けど。仕事は朝型の生活の方が便利だしな~。。。。

と、12時前ころに多賀大社に参詣する、ここの能舞台で3日に片山家(能)、茂山家(狂言)の、「翁」と「福の神」が演じられる。今年の「翁」の三番三は、松本薫さんが演じてる、片山清司さんは面箱の前に座っている。。。途中から観て、三番三の「烏飛び」をみたあたりから、雪がちらついてきたので、かえる。白い息吐いて演じられるのって、新春ってな感じ。
一度、丹波篠山の元旦午前0時をすぎて始まられる「翁」もみたけど、あれも、おもしろかった。あそこの舞台では、おひねりが舞台に投げられるんだもん、能舞台でおひねりってあそこだけだ。いくのもも帰るのも大変だったけど。そのころのニフティの能・狂言フォーラムの人が企画してくれて10人足らずくらいでいった。

しばらく、「天保12年のシェイクスピア」@DVD一部の副音声(鴻上尚史×古田新太)を聞く。芸能裏話ネタがあって、これは、PCの前で大笑いした。

昼寝して「古畑任三郎」をみる。小劇場系の吉田ヒデ子、小林隆@元「サンシャインボーイズ」、千葉哲也@ガジラ、立石涼子@?がでてる。千葉さん、こわもての役しかみたことないんで、えぇ、経営者役演じてて、あ、みえるみえる、、、立石さん、この間「上演されなかった三人姉妹」で、人生を選びなおすマーシャの役をきっぱり演じてたのに、今日は、好々爺ならぬ好々婆前の夫人を演じてた。小林さん、「屋上庭園」で、経営者役だったけど、今回は、警官役。さすがみんな役者やな~。脇役で、舞台の人をみるのは、うれしい。

むかし、三谷幸喜の名前も知らなかったころ見た芝居で、確か小林さんか西村さんだと思うんだけど、つぎのギャグ覚えてる。
(喫茶店)
ウェイトレス「お客様、何にいたしましょう?」
客「コーヒー」
ウ「コーヒーひとつですね、くりかえしま、、、」
客「繰り返さなくていい。早く、持ってきて」

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2006.01.03

高校生のための実践劇作入門

「劇作家から12の手紙」@副題 北村想 200-8-30
想さんらしく、まず、ペンネームを考えろ、次に題を考えろ、テーマ、ストーリーなど最初に考えるな、メモをとれ、と進んでゆく。

「ハコ書き」って手法が紹介されていて、場面を四角い枠(「ハコ」)でくくって、ハコの中に登場人物を入れてゆく。その登場人物に、たとえば、少女・少女は歌う。少女に他の登場人物の職業を当てさせる、などとうめらられてゆく。
で、実際、想さんが、戯曲を思いついて、戯曲になるまでのプロセスが書かれている。
ふーーん、こうやって芝居作ってゆくんだ。
ギャグを思いつかないときはどうするか、現場で、俳優に「ここで、ギャグ入れて下さい」って頼むんだ、って書かれてもいる。

ストーリーとプロットの違いがおもしろかった。「MR&MSスミス」に即してプロットを書く(本では、「MR。。」で書いてないです)。
 カウンセリングをうける倦怠期の夫婦 (実は)殺し屋集団に属する殺し屋、いつもと同じく指令がとどく (実は)互いの組織から、互いを殺すように命令 
ストーリーで書くと、
 別々の殺し屋集団に属する殺し屋が結婚した。ある日、それぞれの集団から、それぞれを殺せという命令が下る。

「MR&MSスミス」昨年の洋画マイベスト5に入れていたんだけど、なぜ、ベストかが良くわからなかったんだけど、このプロットが、よくできてるからなんだ、と、いまごろ気がついてます(^^ゞ「運命じゃない人」もこの(実は)ってプロットがよかったんだ。

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2006.01.02

あけましておめでとうございます。

喫茶店で、コーヒ飲んで、のんびりぼーっとしてればいいのに、新聞読んであきると、本が読みたくなる、、、人を観察してるを、あの話に一生懸命な男女は、夫婦ではあるまい、あの、身なりからすると等と考えなくてもいいストーリーを考えてるうちに芝居と映画が観たくなる、、、本、芝居、映画、なくっても、なくってもかまわないのに、このコロコロと動く、コロコロ心というのが困ったもんだ。

「天保12年のシェイクスピア」@新感線版、DVDをみる。
あかるい蜷川演出より、こちらの暗い画面で、巳代治@上川隆也、王子@阿部サダヲ、お光@沢口靖子の方が、芝居としてはおもしろい。
副音声を聞くと、新感線の古田新太、高田聖子らの場面を見ながらの雑談が入っていて、これがかなりおもしろい。

古田「ここから、コントで、小劇場風でしょ。吉本新喜劇ばりやな~(笑)」とか、
夫を殺し、他の男と一緒になり、姉×妹で縄張り争いを演じていた妹役の人が、姉が、一緒になった男に尽くすタイプの女に変わって演じているのを観て、「私、この場面みると、腹たつねん、なんや、いい子になりやがって!私なんか、悪のまま死ぬんやでぇ、って気になるねん」とかのコメントに笑いころげる。

「連獅子」@NHK教育でみる。染五郎×幸四郎の親子獅子みてると、新春ってな感じです。
途中ででてくる、宗論の浄土僧を演じていた人の台詞、おいおい、そんなんじゃって感じだし、長唄のおじさん、そこで、いきついじゃあかんのではって(たとえば、「石の橋」、「いしい~~の~~はあああああ~・し~」この「・」で息継ぎが観客にわかったらあかんのではって感じがする。いつもなら、唄の文句がわかんないんで、どうってことはないんだけど、NHKはテロップで唄の文句をながしてくれてるし。。。。。
永井荷風が「江戸芸術論」で書いてるように、江戸情緒、台詞ではなく、唄なんだから、なんとかしてよ。

DVDで、「天保」みてて気がついたんだけど、DVDでみてると、声たてて笑うことがなくなってる。。。なぜだろう。。笑ってはいるんだけど、、、。

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2006.01.01

「覇王別姫」@DVD

京劇の芸道修行記としてみればすごい、今、日本で、こんなに小さいうちから稽古してるとこなんて、もう、ないよ、きっと。明治時代の能楽の稽古なんて、下着一枚で稽古つけられた、河原で、謡わされたってのがでてくるけど、今は、家元でもないよ(^^ゞ。

能(猿楽の能、能楽は明治できた言葉)は、中国からわたってきた散楽を母とするけど、きっと、猿楽ってあるから猿回しの猿に芸を教えるように教えたって思うけど(ウソです(^^ゞ)。

女方を演じることになる小豆の少年時代のうつくしさ、日本でいえば、玉三郎かな。こんなに、小僧を抱えて訓練してるんだからすごい。こういう型で、武士とチンピラを演じわけるってのは、アジアの劇の特質。西洋風リアルな演劇ではないけど。

京劇の「覇王別姫」の項羽と虞美人を演じる二人に襲いかかる、日中戦争、国民党の敗退、共産党の天下、さらに、文化大革命。中国の文化大革命の悲惨さ、最近でこそ、悲惨だってのが認識されてるけど、日本では、これを賞賛してた新聞、知識人がいるんだ、しっかり、おぼえてるぜ。

コン・リー、山口百恵が世知長けた大人の役やったらこんなのかな~って雰囲気があります。娼妓から、石頭(項羽演じる主人公)の妻になり、夫と、こどもを産み育てる生活をのぞんでいるが、結局は死ぬことになる。文化大革命で、小豆と、石頭が自己批判をせまられ、ついでに、コン・リーの批判をする、、、この自己批判のあと、虞美人の美しかったメークがはげた小豆に、何かいいたげに、でも、言わない、でも何か伝えようと、もう一度小豆をみる顔が、ほんと切ない。

中国って、すごい国だよな、京劇の訓練もだし、共産党革命、文化大革命の愚かしさ、きっと、明治の廃仏毀釈に取り付かれた日本人もきっと、同じことしてたんじゃないかって思うけど、規模がちがうよな~とへんなところで感心してます(笑)

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「初恋のきた道」@DVD

「初恋のきた道」
おいらが脚本家とすると、まず、僻地に学校をつくる物語を思いつく。学校のない村ってどんなだろう、村の人は無文字で生きてきたはずだ、どんな思いで、学校をつくり、何を期待するのだろう。

これでは、おもしろくないないので、村人の寄せる思いを体現する女性を主人公にしよう、この無文字で生きてきた少女は、何を期待するだろう。。。。。ってな感じでつくるかな(笑)

学校に対する村人の思い、学校の周りで、教師が教える声を40年聞き続け、、、「昔、今をくらべ、、、、記録し、、、」とか、教師の声。夫が死んだところで終わらせずに、教え子が延々と、教師の棺を担いで街から村へ運ぶ、、、ためてきたお金を学校建設に差し出す教師の妻。。チャン・ツィイが、教師のためにご飯をつくり、教師を待ち伏せ、一度街に帰った教師を待ち続ける、封建的な村なのに、恋に積極的な女性に女性に描かれているのも、きっと、この村人の思いがあるからじゃないって、思う。

100思って1かなう(100冊の本で、珠玉の1行に出合える>ちとちがう(笑))思いが、映像化されている、そういえば、チャン・イーモウ監督作品の「hiros」も始皇帝を暗殺する「壮士ひとたび去ってまた帰らず」なんてのの映画化だし。思いにこだわってる監督さんかな、と、おいら。

チャン・ツィイ、SAYURIよりこちらの方がいいかな、でも、SAYURIのハリウッド進出はうれしい(^^ゞ
 

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