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2006.02.28

しばらくアクセスしませんので、よろしくお願いします。

ちと、一週間、アクセスしませんので、よろしくお願いします。コメント、TBは、アクセスするようになりましたら、お返ししますので、よろしくお願いします。

ちと、仕事があったもんで、一週間、アクセスを禁じてましたが、ま、なんとかなりそうで、つーか、禁断症状がでて、アクセスしてます(笑)。

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2006.02.26

悠亭日常

25(日)土曜日謡の稽古にゆく。おなかから声をだすように、って注意される。もう、そろそろ、3年はたつんだけどな〜。狂言の稽古は、今月から休会。だって、狂言では、稽古した曲をすべて舞台に出してるんだけど、来年4月まで、出られる舞台がない(舞台の日が予定でつまってる。うーん、こまった、こまった。)。ってんで、まー今年は、謡+仕舞だけに集中して稽古します。

稽古が終わって、「労働者M!」。東京まで行って、帰りは、寝台急行でかえるってのを一度ためしたかったのと、どうせ、日曜日の午後には、地元にいなきゃあかんので。寝台特急で朝帰っててのは、同業のミュージカル好きがやってて、それだと、帰ってきた日仕事できますよ、って言ってたので、これは、便利だと試しましたが。。。よそでは、寝付けないおいらには、ちと無理だった。

で、仕事場に待機してるんだけど、なにごともなく、すぎてゆく。うーん、これなら、もう一日滞在して、「女中たち」みときゃよかった。っても、大阪公演あるみたいだし、チケット予約できた(ホッ)。

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革命の不在~②

「革命はバカのやることだ」
父、母、ゼリグ、妹の前で父はいう。父は、自分の意見をもたなかったのに、収容所で「びろびろ」説に固執して制裁を受けていたが、「でろでろ」説に変更した翌日死ぬ。
「労働者M」の感想の続き。

革命がなくなってしまうと、収容所の中は、監視するものと監視されるものは入れ替わり可能だ。事務所の中も、自殺志願者と、自殺志願者の電話を受けるものが入れ替わり可能だ、ただし、収容所の所長は不在、事務所の所長も不在だ。

え、これって、今生きている、おいらたちの日常と、おなじじゃん(すいません、つい、お江戸にいくと、お江戸言葉になっちゃってます)。

事務所でくりかえされる「4つのタイ」=「認められたい、役に立ちたい、すてきに生きたい」(あれ、もうひとつなんだっけ、忘れてます(T_T))。が支配するのは同じじゃん。

ここで繰り広げられるナンセンスな笑い。
「動物園を解放するのではなく、植物園を解放すればよかった」
土星人(死んでるのか、生きてるのかわからない)をさして「朝鮮人参」。「これを焼いておいしそうなにおいがしたとき、食べちゃわないかと心配になるんだ」
「私が、今、二度観したのわかった?、ちゃんとリアクションしてね」。

でてくる俳優は、収容所、事務所、どちらにもでてきます。パンフでは、俳優さんの名前は、ロシア文字で記載されています。堤さん、市民運動の指導者役でもあるんだけど、あっけらかんとして、バカっぽい役。この芝居にぴったし。キョン2は、収容所では、黒皮のコートに身を包んで、エロスがにおい立つ感じ。田中哲司さんは、「城」のボッーとしたイメージかな。秋山さんは、精神科医、かっこいいな~。スズキさんのギャグが、なんともすてきでした。

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主人公の不在~①

歴史は二度繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。市民の革命が、二度目は喜劇として現れた、って感じの舞台。これ、「労働者M!」のお話。

舞台は、「近未来の収容所」=ここでは、支配するものと支配されるものが、小泉今日子の指示で入れ替わる。
「現在の事務所」=「いのちの電話」(自殺するまえに、救いを求めてかけてくる電話)に電話してきたものの話を聞いて、物を売りつけ、その中で使えそうな者を社員にリクルートする。事務所で働く人は、元自殺志願者。

収容所の話かと思えば、事務所、事務所の談話室かと思えば、舞台の上手では、事務所の人が仕事をしている。下手の所長の椅子に、収容所のクロの制服、帽子のキョン2が、部下に向かって説諭している。

収容所へ容れられた市民運動経験者は、記憶を注射器で吸い取られている。市民運動の指導者(堤)は、「象を解放する」と動物園の象の折を田中哲司に開けさす。で、この象に踏まれた孫を持つ看守がでてくる。

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逆境ナイン@DVD

巨人の星@星飛雄馬ーーー大リーグボール養成ギブス
月光仮面ーーーオートバイ
水戸黄門ーーー印籠
等など感動物には、ばかばかしさがつきものだ。

この感動は、感動で、ばかばかしさは、ばかばかしさでってわける映画をつくると、こうなるんだろうでしょうね。
野球部存続の危機にたたされ、甲子園行きを決意する主人公玉鉄。
野球部の監督@ここりこ田中に、野球やったことのない顧問があらわれる(まー格言をはくんですが、「これはこれ、それはそれ」とか)
同じ地区の甲子園組のバッターが打った球は、相手にあたると、骨が砕ける。
ひとりで、9回裏227点を挽回する。(他のナインは動けないので、一人でやる幽霊ルールが適用される)

主人公が「逆境だ」と叫ぶほど、逆境がつぎつぎ現れる(野球部の横にでっかい、「自業自得」ってな石碑が降ってきてます)。

で、地区大会で優勝し、甲子園へとおもいきや、ナインは、丸坊主が嫌だってんで、サッカー部に鞍替えする。
女子マネージャに恋し、試合を放棄し、遊園地に現れる主人公。
(女子マネ「そんなに好きなんですか」「二人だけの秘密にしましょう」---実は、女子マネは、主人公が自分をじゃなく、遊園地がすきなのだと理解してしまう)。

感動物って、結局、こういうばかばかしさに支えられてるのね、ってなバカバカしさがあって面白かった。

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2006.02.23

資本論も読みたい

読んでから死にたい!と帯にある。劇作家の宮沢章夫著 2005-12-26 wave出版

面白いのは、ときどき、書かれてる宮沢さんの、演劇に関するコメント。
たとえば、亜流スタニスラフスキーシステムを説明するのに、「外郎売り」を例にあげ、(外郎売が、「拙者親方と申すは、お立会いの中にも、、、、、お江戸を立って二十里上方、、、」
ってな歌舞伎18番(たしか、間違ってたらごめんなさい)なんだけど、これを演出家が、「語っているのは、誰で、だれにむかって、何人くらいの人に話しているのか」と質問する(だって、あーた、これは、物売りの口上でしょうが、、、、、)とことか。

「貨幣の蓄積」で、小銭貯金を連想し、さらに、子豚の貯金箱を連想し、子豚銀行に金を預けるってのまで、連想するとこ。やっぱ芝居つくるひとは違う(^^:

これ読みながら、実は、資本論一巻を読み直したんだ。むかし、経済哲学草原に、1文ごとにナンバーをふり、購読したが、ぜんぜん、わかんなかった。いま、この資本論を読むと、おお、そういうことだったのか、おお~とわかる(ってもあやしい)。おいらの入った大学は、法学部でも、経済原論と簿記論が必須だった(今はちがうみたいだけど)。近代経済学のメッカで、マルクス経済学なんてのは、主流ではなかった。経済原論と簿記論、学んでおくと、エキセントリックにならないから、今ならいいと思うけど(だって、ダム造る時、事故でなくなる人を予想して、保険をかけて、それを損金で処理する、ってなリアリズムを学べます(^^ゞ)。

宮沢さんも、おいらと同世代だ、この世代は、どうか、資本論を読まなきゃってな強迫観念が宿っている最後の世代かな(T_T)。

彦根の知人情報、この間キムタクが、時代劇の撮影に彦根に来ていた、500人(大げさ)が来てたので車が渋滞して、渋滞して。。。

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2006.02.21

風の歌を聴け

村上春樹 2004-9-1 講談社文庫 単行本は、1979-5刊

「私の病気はやっかいな病気で、、、、、回復の可能性は3%。。。新人投手がジャイアンツを相手にノーヒット・ノーランをやるよりは簡単だけど、完封するよりは少し難しいものなのだ」
ーーーーーーーーーーーー
「ねぇ人間は生まれつき不公平に作られている」
「誰の言葉?」
「ジョン・F・ケネディ。」

これって誰かに似てると思ったら矢作俊彦だ(って、最近、おいらの読んだ作家を結び付けてるのが多い、老化現象その1かも)。

春樹と矢作の共通は、車、港町、坂のある町、アメリカのにおい、、、。

こういう本を読んでると、やせ我慢して、もう少ししたら、すこし、寒いけど、我慢して春向きに薄物でも着ようかってな程度もんだけど(でも、長続きしたためしがない)。

同じ年代なんだけど、1970年に、車がどれくらい、貴重だったかというと、当時、大学教授の息子が、引越しに布団などをリヤカーに積んで運んでるのを手伝ってるとき、車で現れたのが、大会社の重役の息子だった、彼がまぶしかったな~。

DSトレーニング(脳を鍛える、、松嶋奈々子が、CMで、「52歳かよ、げっ!」ってやってる奴ですけど、1・4からやり始めて、一月半、実年齢プラスだったのが、20歳台まで、戻ってきました。うーん、瞬間にものを覚えるのが、良くなってきました(^^ゞこれおもしろい、もうすこしはまって、飽きるでしょうけど、だいたい、2ケ月めやすらしいですけど(^^ゞ

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2006.02.19

「辺境・近境」@村上春樹

2000・6 新潮文庫 単行本は1998刊

「ねじまき鳥クロニカル」を読んでたら、ノモンハンのことがでてた。この本でもノモンハンの旅行記があるので、そこだけ読んだ。

ノモンハン、わずか4ヶ月程度の戦闘(1939年夏)。日本軍は徒歩で、230キロメートルを歩いて国境に到着する(輸送する車がなかった!!)。徹底した補給ルートを構築して(鉄道まで敷いて)戦闘に望んだソ連。このことを反省せずに同じ事を中国、その他で繰り広げた日本。

村上は、いまの日本にも、このような、暴力的な根っこは、いまも、日常のなかにかくれているのではないか、とおそれている。
日常の中に存在する戦争の芽をさがそうとする作家のようだ。

別の本で、丸谷才一さんを論じていて、丸谷さんが、毎回小説では、老医師になったり、徴兵忌避の青年、焼き肉屋の主人になりきってる、これは、イッセー尾形の「なりきり芸」に似てるって、書いてて、あ、村上さんも、イッセーさんをみてるのでと、うれしくなった。

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2006.02.18

カーリング

「シムソンズ」@映画。
女子高生物の映画は、意外とおもしろい、「スウィングガール」「リンダリンダリンダ」「下妻物語」でしょ。

カーリングって何だい、って感じだったのですが、よくわかりました。こういうのもオリンピック競技に入ってるんだって認識しかなかったんですが、競技の中身がよくわかりました。

力はあるが、周りになじめない子。ごくごく控えめな子。取り仕切る子。頭のいい子。
が、チームを組んで、ばらばらになって、最後はまとまり、チームの力も向上するってパターンの映画なんだけど、面白い。

高橋真唯が、家の外から、2階で勉強する星井七瀬に、「あたしを見つけてくれてありがとう」「私、おかげでかわったよ」という場面と、北海道大会の最後の一投で負けて、泣くみんんなに、加藤ローザが「立とう、笑おう」とみんなで立ち上がったシーン、これは感動物でした(^^ゞ
青春映画ですが、おじさんがみても、面白かった。

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おお、カミュ

を読む青年が、戦場では、あんなにバカになるんだ、って思ってたら、最後では、力強い知性的な顔立にもどり、「ぼくは、いま、砂漠にいる」って台詞で終わる。

アメリカの軍隊って陽気なんだねぇ、そういやぁ、「地獄の黙示録」でも、戦場に兵士の慰問に来る、セクシーな歌手の場面がでてたな~。

戦争で、死と隣あわせになったら、性のメタファしか、思い浮かばないかもしれないな。

イラクの空爆を、TVで見てたけど、砂漠にいる兵隊って観点から、戦争をみると、そうなるんだよね。

こういう映画作れる国ってのは、いいよね。日本だったら、自衛隊の協力をえなきゃ戦争映画は作れんし、きっと、戦争を批判する映画つくれないよね。

「ジャーヘッド」@映画のお話でした。

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幽霊~その2

これってハイナー・ミュ-ラー版の「抑えばとまるアルトゥロ・ウイの興隆」みたいなもんですね。ブレヒトの脚本をもとにミューラー演出する、これがちょっと別物になってる、そんなもんですね。だって、これが俳優座で演られてしても、楽器+歌ってのはないですもん(^^ゞ。

それと、舞台は簡素化されててドアとかないんですが、ドアをあけるとき、開ける人が「がらがら」閉めるときも「ぴしゃり」。これって狂言のしぐさですよね。

他にも、笑うとことか等などに、狂言様式というか、古典の様式がでてました。
スタニスラフスキーの演技様式とだいぶちがってます、現在でも、俳優座では、串田版はできないですよね(だって、楽器できたり、歌ったりは、うまくなさそう(^^ゞ
吉本で、これやってもいいんではないか(^^ゞ。

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2006.02.15

幽霊はここにいる

「上海バンスキング」の残党が、と思うほど、役者さんのトランペット等の演奏、歌声、楽しかった。毬谷友子さん大津女になってくださって、「近江牛」の宣伝していただいてありがたいです(^^ゞ。役者さんたち楽しそう。舞台にしつらえられた席(下手10席)ほどに座って楽しませていただきました。

毬谷さんが、旦那役@詐欺師のゲップの演技に、吹いてはるのがわかりました(^^ゞ

安部公房作、串田和美演出。串田さんの演出は、まさに串田版。

幽霊をつれている復員兵、その幽霊が実在することを信じて、あるいは振りをして、幽霊ビジネスが始まる、幽霊後援会、幽霊の市長選挙、幽霊保険等(まるで、バブルのように)。
いかようにも深読みできるし、時代を先どるようなのは、やはり演劇かな。

村上春樹と、安倍公房って似てるって思う。知的な処理、それを夢にまがう物語に構成するってとこが(って、たまたま、春樹読んでるかもしれないですが(^^ゞ)。

それとワダエミさんの衣装すてきで、男優さん、おいらと同じ体型みたいな方もおられるんだけど、うまく、隠れてました(^^ゞ

~神はサイコロを振らない~を観ながら(笑)

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2006.02.14

ねじまき鳥クロニクル①

クロニクル=年代記。カイロス(神の時間)とクロヌス(時計の刻む時間)とかを連想させる。ま、たった1秒(クロヌス)の夢の体験で、1時間もの(カイロス)のときを経験するような。

主人公は、法律事務所の事務員をやめた男性。猫がいなくなり、妻がいなくなる。不思議な女性(加納マルタ、加納クレタ、笠原メイ)、不思議な男性(占い師の本田さん、本田さんの戦友間宮さん)。本田さんと間宮さんは、ノモンハン事件が起こる前に、諜報機関とともに、蒙古にはいっていた。

主人公(30歳)は、「スパゲッティをゆでたり」「パンにマスタードを塗り、トマトスライス、チーズを挟んだり」「ひじきと豆腐のサラダの材料を買いに行ったり」してる。うーん、この程度のことは、おいらも自分でやらなきゃ(笑)。

水のない深い井戸で、考え事をしたりする。

「ドア・イン・ザ・フロア」のような文体だなと思ったら、「ドア」の作者の本を村上春樹が訳している物もある。

久しぶりに暇さえあったら、この本を読んでるって状態がつづいて、自分の中のカイロスの時間が流れ、「この間も仕事先で、次の予定日を入れるのを忘れて帰りそうになって、相手から、呼び戻された」。あぶない、あぶない、現実にもどらなきゃ。

ノモンハン事件前の、ロシア将校がつれている、人間の皮をはぐ、蒙古人。羊の皮をはぐように、人の皮をはぐ。拷問の一種なんだけど、これが、痛そうーってイタイのだろうけどー芸術的で、思わず、あっという間にここは読み終えた。

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2006.02.11

ついてない一日。。。。

PROMISE」@映画期待はしてなかったんだけど、まー、アクションは期待してました。アクションは期待どおりでしたが、うーーーん。

「サイレン」トリック好きなんですよ。堤監督、阿部さん。阿部さんの出番すくない。。。もうーちょっとエンターテイメント入れてほしい。。。。。

「神はサイコロを振らない」@TVドラマにはまってまして、みんなが、続きを知らないうちにと、原作(中公文庫から出てます(^^ゞ)を購入。ところが、えぇぇぇぇぇ、原作と脚本は違う。。。パイロット@山本太郎と小林聡美のエピソードがない、どころか、小林聡美の役がない。。。
でも、これはこれでおもしろそうでした。でも、脚本家さん、すごい、これで、原作だと4日間のエピソードを10日間に書くんだもん、脚本家さんに脱帽。

「ねじまき鳥のクロニカル」@村上春樹、読み始める。えぇ、これって、「ドア・イン・ザ・フロア」@小説に似てるよなと思って読み進めてたら、村上さん、「ドア」の作者の作品を日本語訳されていました。って、ノモンハン事件を書いた小説ってんで読み始めたんですけど、「ノルウェイの森」以来かな。

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戦争なんて俺の知ったことか

「紅旗征戎(こうきせいじゅう)吾がことにあらず」(「名月記」@定家)(朝廷が戦争しようとしてるが、そんなこと俺がしったことか)。戦乱のさなか、出世を望み、新古今集の編纂をしながら、うそぶく定家。

パリ、木造せいぜい高くて3階建の建物しかなくって、道はどろどろの泥んこ道の当時のパリのサロンを離れてボルドーで思索にふけるモンテーニュ。

肝っ玉母@ブレヒトの売り物を載せたリヤカーのようなものに、簡易な家(まーキャンピングカーですな~)を乗せて都をあるく長明。

ナポレオンが荒らしまわったスペインの戦争の悲惨さを描く、ゴヤ。

「時代と人間」(堀田善衛 徳間書店スタジオジブリ事業本部 2004-2-29)

堀田さんは「方丈記私記」「名月記私抄」「ゴヤ」「ミシル」等で書かれている、長明、定家、コヤ、モンテーニュ、本を読んでる時間はないけどエッセンスだけを、碩学から講義を受けるってな調子。みんな、戦争のさなかで生きていたんだ。

バチカンが、領土(つまり地面)を持ったのがルネッサンス期。教会で免罪符を売り、集めた金で地面を拡張する(まー地上げ屋ですな~)、兵隊を養う。ルネッサンス期、フィレンツェが「人は法の下に平等である」というのを発明する。これが、教会と対立する。ちなみにフレンツェは、銀行業も発明する。
この時期は、すべての世界がキリスト教であると思っていた人が、非キリスト教を発見する時期でもある。
ローマでは、ローマの遺跡が散乱している。ローマ視察に来た、日本の代議士いわく「ローマは復興し取らんのお~」(本の中に紹介されてました)。

ヨーロッパの小等教育では、必ず討論会が行われていた。この討論が日本にないのが、国際社会における日本と、ヨーロッパの差ではないか、と堀田さんがいってるので、メモしておこう(^^ゞそれと、美しい繊細なものを作り出した体制は崩壊するーいや、崩壊直前に繊細な美があらわれる、たとえば、竹久夢二~大正ロマンから、軍部政治へ~、新古今集~平安朝時代が終わる~、1992年冬季オリンピックのソ連のペアダンス(これは覚えてないです、わたし)~ソビエト体制の崩壊~。

いまも繊細なものがはやってるが、ひょっとすると、、、、、、。

堀田さんの本「日々の過ごし方」の最後の文章が気になったのでメモしておく。「戦時中、、、、私は、京都と奈良をつぶさにみてまわって、ついにつぶやいたことがあった。「何だこれは、みな朝鮮とシナじゃないか」と。」

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天切り松@ミュージカル

Japanese版オリバー・ツィストかな(ツィストは、助けられて窃盗団から抜け出すけど、松は、窃盗団をまっとうするんだけど)。舞台は大正時代。

一夜が、「小政」@清水の次郎長が、大正7年まで生きていたってお話。天保うまれなんだ「小政」
二夜が、変装の名人「常」が、銀行のあこぎなしうちに怒り、その銀行から金を詐欺する話。これは「T・R・Y」@織田裕二に似てるかな。
三夜が、夫は戦死したが、年金が下りてこない母子家庭のために陸軍の大官宅に盗みにはいる物語。
四夜が、親分の「安吉」に連れられて、安吉の親分銀二が服役している網走刑務所に面会にいく話。
三夜、松が「なぜ、戦争で人が死ぬと、景気がよくなるんだい?」四夜、賄賂をもらい面会を許す典獄に言う、松の「泥棒!」と、まー国の悪も浮かび上がってくる。

最後、昔を語る老年の松@左とん平と語りの中にでてくる少年の松が、互いに顔を見合すところが、そうだよな、むかしと今ってつながってるよね、って感じでよかった。

庶民の「粋」=意気地、諦念、媚態(九鬼周造)がキーワードかな。
で、ミュージカルカンパニー、イッツフォーリーブス(いずみたくさんが創った劇団)なんだけど、もうすこし、台詞術がうまいといいな~と。

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2006.02.08

「ミュンヘン」@映画

ホテルのバーでの主人公と美人との会話
女「明日は仕事で朝がはやいの」
男「仕事は何?」
女「お酒を飲んでないとやってられない仕事なの」
男「me too!」

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2006.02.02

国語元年と日本語

舞婁多須「ヤオレ人々静まり給え」(坪内逍遥 1884訳)
ブルータス「済むまで静粛にして下さい」(坪内逍遥 1934訳)
同じところを同じ人が訳したとは思えない(^^ゞ。

まさしく、明治の時代、国語をつくる、国語元年@井上ひさしの時代があったのですね。

日本語は、書き方・使い方を教えるが、話し方を教えない。話す言葉を書いて推敲して、それから話すべきだ(そうだ、そうだ(^^ゞ)。

フランスでは17世紀のサロンで、ドイツでは、グリム兄弟が、イギリスでは、シェイクスピアと英訳聖書が、国民語を作っていくが、日本は、官が率先して国語を作った。

歌舞伎・能から新派・新劇ーーアングラーーしずかな演劇と呼ばれる平田オリザらまで、やっぱり日本語(国語)の問題は尾を引いている。

学生時代はやった「アウフヘーベン」(止揚なんて訳してました)ってドイツ語があるけど、変に哲学的に理解してたけど、ごみを捨てるの「捨てる=アウフヘーベン」だったんです。

木下順二「”劇的”とは」@岩波新書1995-8-21 丸谷才一×山崎正和「日本語の21世紀のために」@文春新書2003-11-20

基本は2音、たとえば「ガラス戸」は「ガラス・ド」ではなく「ガラ・スド」、
「マス・コミ」「ケイ・タイ」「コン・ビニ」「ドタ・キャン」こういうリズムがあって、2+2+1=5 2+2+2+1=7、これが5,7,5の俳句・短歌を支えている(うーーん、そうだったのか!!)

平家物語を題材に「子午線の祀」を書いた木下は、古典芸能の「語り」の芸、能の変身の芸をかたる。「井筒」(シテ=紀の有常の娘、在原の業平の妻)で、「はずかしながらわれなり」とで、すっと立つ、その間に「里の女」から200年前の「有常の娘」に変わる、時空をすっとこえるところに、能の不思議をみている、シャイクスピアの英文と現代語訳のちがいを、「やあやあ、とおからんものは音に聞け、ちかくは寄って目にもみよ」、これを「遠い人は声で聞け、近くの人は目でよくみろ」くらいに違うと(そうか、なるほど、と納得(^^ゞ)

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