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2006.03.31

おお、タオの世界じゃ(^^ゞ

映画「スピリット」
スン・リーが見えぬ目でつくる卵料理、熱した鍋にたまごがたらされ、白身がぷくぷくと膨れてゆく、おいしそう。

田植えをする人々が、風を感じて、腰を伸ばしてたちあがる。一人、田植えするジェット・リー。日本の田舎に似てる~、家の後ろにうつる断崖がなけりゃ、ほんと。

最後、瀕死のジェット・リーの霊魂が、星の夜に、スン・リーの田舎にもどり、武術の型・稽古をする、みまもるスン・リー。

 キーワードは、料理と、身体(あーまだ、「かもめ」の料理と膝行、ひきづってます、おいら)。

 闘いのシーンはジェット・リーの回心前も、後もよかった。獅童くん、日本の良心しめしてくれてありがとうよ。ほんと、ズルする日本人って、イメージが相殺できてよかった(ウルウル)。

それと、こういう各国アジア人の共演って、演劇では、「リア」をアジア人俳優が、台詞は、各俳優の母語でってやつとかあるんだけど、映画でも、アジア人の競演ってはやってくれないかな(^^

PS 「兄おとうと」ってお芝居で、吉野作造が、袁世凱の息子の家庭教師として天津に行くのが1906年。「SPIRIT」の最後の決闘が1910年。

 

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2006.03.30

「かっこよく年をとりたい」

吉本由美 筑摩書房 1996-9-20。

さがしものをしていたついでに、出てきた本。「20代のとき、年取ったときようにと、金縁の小さい丸いフレームの眼鏡かっておいたんだ」「ミス・マープルみたいな」(あ、これ、これ、読んで、こういう眼鏡をかったんだ(ほんと、影響をうけやすいんだ、おいら)。

小沢(瑞穂)「中野(翠)さんなんか、カッコいいおばさんになると思うわ」
吉本「、、、、中野さんはねぇ『植草甚一みたいになれたらいいと思う』って」
なんて対談も入ってる(植草さんねぇ、いいな(^^ゞ)。

食生活のテーマは、『素食』(「粗食」ではありません、念のため)。水上勉さんの「夜はカマスを半匹くらいやき、酒も一本くらいは、、、、、、ものすごう華やぎます」っての紹介されている(絶対華やぎますって、いいな~。)

小沢「年とったら、本を読むおばさんがいいな。でも、、、、、そのときに読みたくなくなってたら寂しいね。」(こんなのも、うれしいな)。

これ、吉本さん、この本は10年前の出版なんだけど、いまも、こういう感じかな(^^ゞ。

まー目指すは、脱力系ですね、おいら。(笑いも、脱力系にひかれてるし、、、ときどき、各になったりするから、まるくしておこう(爆)。

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2006.03.28

「神歌」@稽古

先週に師匠からいただいたご本とテープが「神歌」。おおおおお、ついに、おいら、この曲教えてもらえるんだ(ウルウル)。正月なんかに神社で「翁」姿での舞の奉納があったりするんですが、それの謡。

決め事(出演前に 決めごと、別火、精進潔斎)がある曲で、難しい曲なんです。(しかし、おいらにこんな曲、教えてもらって大丈夫なんやろうか?。)

ま、なんか課題を与えられると、張り切らざるべけんや。ってんで、久しぶりに本とテープで、稽古毎日やってます。出だしの「とうとうたらり、、」ってなわけのわかんない、詞章も、声に出してると、また、気持ちがいい。

ちと、野口整体の「活元法」をやりはじめました(5〜10分程度)。(まー膝行のかわりです(^^))。で、3日くらいたった、昨日、あくびがでました(そっか、おいら、あくびがでないほど、固くなってたんだ、体(T_T))。

「とうとうたらりたらりな。たらりあがりららりとう。ちりやたらりたらりな。たらりあがりたらりな。所千代までおわしませ。われらも千秋さむろおう。。。。」(とうとうは、楽器演奏を口でいってるもの)。

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2006.03.27

読書日記2006-3-27

「かもめ食堂」を見て、原作を探したがない。同じような感じでひっかっかたのが、柳澤桂子著「いのちの日記」2006-1 小学館)、「生きて死ぬ智恵」(小学館2006-1)、加島祥造著「タオにつながる」(毎日新聞社2003-9)。

加島さんには、「タオ-老子」の訳がある。「寒さは熱狂すれば直る。熱狂に勝つのはしずけさ。。。。この世の狂いを直すのだよ」(「躁勝寒、静勝熱、清浄為天下正」)。「林の木の根ッこは、おおきい。互いが互いの邪魔をしないで伸びている。木は並んでいるだけで威厳がある、人間がならんだって」と書いてあるのが、映画を見たあとなので、すっと入る。

柳澤さんの「生きて。。」は「般若心経」の訳「お聞きなさい、形あるものは形がなく、。。」という感じの訳。「いのち。。。」は、若いころ、ねずみのちっぽけな卵が、なぜねずみの形になるのだろう、という世界的レベルの研究をしていた著者が、奇病におかされ、原因は、卵巣だとか、胆嚢だと、言われ、卵巣摘出、胆嚢摘出などをおこなったが治らなかった。診療内科では「今、仕事をしたい、家事などしたくない、という思いが病気になったのだ」といわれたりする。寝たきりの中で宗教に思いをはせて行く(結局は、脳内のなんとか物質の代謝異常が原因で、抗うつ薬を調合してもらってなおっていく。ここまでかかるのに30年!ほんと、それまで、卵巣、胆嚢の手術は、なんだったんだ)。

加島さんの「老子」訳は、英語に訳されたものを、日本語に訳されてある。
柳澤さんの本にも「般若心経」の英語訳がついている。中国のものは、英訳されたものを日本語訳したものが、わかりやすくないか?

「かもめ食堂」「老子」「般若心経」とくると、おいらそのうちサムエ着て、道端のお地蔵さんに手を合わせ、「お陽さんが、お地蔵さんにあたって、今日も感謝!」なんてやってそう>それは、相田みつをですやろ!!

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読書日記2006-3-27

「団塊ひとりぼっち」(山口文憲@文春文庫2006-3)で、戦後生まれの人間は、モデルとすべき「老人像」がない、と嘆いていた。

うーん、戦前に大学出たひとが、社会で活動できたのは、会社で60歳まで活動するとして、平成元年ころまでか(計算間違ってます??)。その人たちは、戦前の教育だから、モデルがあるけど、戦後生まれはモデルがないもんね。

世界的経済学者-日本人で世界に通用した経済学者のひとり森嶋通夫は、2050年までを、予測して言う(「なぜ日本は行き詰まったか」(岩波書店2004-3))。

生活水準は高いが、国際的に重要でない国、これが21世紀半ばの日本だと。

経済を支える人、その人がどういう教育を受けたか、そういう教育を受けた人がどう経済を運営するかーーーということから、森嶋さんは、予測する。
戦前の教育ーー儒教    戦後ーー自由と個人主義
戦後は、戦前の教育を受けた人が支えた。この戦前教育世代が引退する時期は、官官接待、贈収賄、インサイダー取引が騒がれた時代と一致する(そうか、そうだったのか!)

日本は、企業も官僚化した特異な国である、そこでは、会社第一主義、会社の利益を株主に配当せず、社内に溜め込んでおく、社員は、すこしずつ出世し、社長になることを目指す
(官僚と同じですやろ)。給与も安い。

このような社会は、競争メカニズムの働く社会にかわらなければならない。
これが、戦後の使命感のない教育を受けた世代には困難である。この世代の入れ替わりの時代には、右翼が増えるのではないか。

アメリカは、中国のマーケットに目をつけて、直接、アメリカは中国との同盟関係を結ぶかもしれない。

この2つを森嶋さんは、予測している。いまのところ、森嶋さんの予測がはずれたとはいえない状況ではないか、と思う。

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「白バラの祈り」感想その2

学生が、反ナチビラをまいて逮捕される。(これが、罪としては、死刑か無期(?)、こんなのありかよ)
ゾフィーは、兄の言い出したビラ巻きののための運搬役を務める。
兄は、仲間からは、「逮捕される危険があるからやめろ」といさめられている。

で、大学まで、ビラ運搬中のゾフィーと兄。誰にも会わないはずなのに、大学に入って学生から声をかけられる(ここでやめようよ、って普通なら思ってほしい(T_T))

で、ビラをまいて捕まる。

ゾフィーを尋問するのは、ゲシュタポのモーア。当初、ゾフィーは、言い逃れをして助かりそうになるが、自宅に残っていた証拠品から、逮捕される。
(ってことは、どうみても、筋金入りの活動者じゃなく、反ナチ運動の手伝いをしている学生という、映画は、このような普通の学生でも、反ナチの運動をしていたんだと強調してるのだと思う)。

モーアは、大学を出ていなくて、「ヒトラーのおかげで、インフレが克服でき、経済が克服できたではないか」と論争を吹きかける。ゾフィーは、「ユダヤ民族にしていること、精神障害者にしていることはなにだ」とモーアに問いかける。
(ここ、もう少し、膨らました方がドラマになっていい、ゾフィーからの働きかけは、幾分か、このモーアに効をを奏するののだから)

で、緊急の裁判が開かれ、傍聴席は、軍人ばかりという法廷で、ゾフィー、兄、仲間の一人に死刑判決が下される。
(裁判官が、被告人と論争するのは、複線として、「共産主義から寝返ったから、きついよ」とゾフィーの監獄での世話係の言葉があるのかも。裁判官も論争しなければ、前歴から反ナチと見なされるのかもしれない。ただ、ナチが、卑称に描かれてないか、当時は、手強い敵だったのに、と思う)。

こういう複線が、いくつも、張られてる映画かな。

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2006.03.25

「やりたくないことはやらない」

「かもめ食堂」@映画の小林聡美の台詞。
いいなぁ、この台詞。「やりたいことは、何があってもやるんだから、やりたくないことはやらない」んだよね。

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一緒に活動したくな~い~

「白バラの祈り  ゾフィー・ショル、最期の日々」
「かもめ食堂」を見に行ったついでに見ました^_^;

ゾフィのお兄さんなんて、「仲間がつかまるからやめとけ」って言ってるのをきかず、「私一人の責任で」って、大学で、反ナチのビラをまく。これを手伝うのが妹ゾフィ。
おいおい、捕まったら、ビラを印刷したところ、仲間が、かぎつけられて、仲間に迷惑かけるでしょうが。。。捕まるのがわかってるなら、それなりの身辺整理してからにしてよ。仲間が書いた原稿残したり、ビラを送付するのにつかった切手なんか残しちゃだめじゃん。うん、もう。

ビラをまいたら、空になってしまうカバンもあかんやろう、せめて、何か、カモフラージュになるもの、いれとこうよ、もう。

情状酌量でたすかるなら、ナチだましてでも、生き延びて、反ナチ運動やろうよ。。。。。
と、おいらが仲間ならそう思う。
「アンネの日記」なんか、みんな、アンネ家族を守ろうと、細心の注意はらっていたんだから。(アンネも、不注意な物音を立てて、それで、ビルに最上階に家族が隠れてるのがわかるんだけど)。

うーーーん。と頭を抱え込んでしまった^_^;。

ps ナチでギロチンが使われてたんだ。このギロチンは、フランス革命後つくられたもので、それまでの死刑と比べて人権的なものと、当時は認められていたんだ。とすると、それ以前は、、、、、、、

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そうだったのか、芥川は、宮中の芥川だったのか。

「雲林院」@能
在原の業平、演じるのは、河村隆司師。
(伊勢物語の業平と二条の后の逃避行)

朝6時におきて、能鑑賞。能をみるときは、体調万全じゃないと、いかん(途中眠くなってしまう)。あんのじょう、間語りの間は眠ってた。

ところが、後場「狩衣の袂を冠の巾子にうちかずき、忍び出づるや、如月の月も早や入りて、いとどおぼろに降るは春雨か、落ちる涙かと、袖うち払いすそをとり、しおしお、ただりただりも迷い行く」
ここがよかった。袂で、冠を隠し、、、、春雨を厭う風情で、、、「迷い行く」の後で、たつ姿は、「茫然」としかいいようのない立ち姿。あー業平のような二枚目の美は、こういう、茫然とする表情にあらわれるんだ、と。(ここで、感動してました)。
この場面の立ってるだけって姿、よかったな。

伊勢物語の「露を知らない高貴な女性」+「鬼に食われてしまう」という有名なところは出てこない、ちょうど、「忠度」で、「有名なさざなみや志賀のみやこはあれにしをむかしながらの山桜花」が出てこないのと同じ。伊勢物語の芥川のところは、宝塚で  「花の業平-忍ぶの乱れ-」みました。これは、鬼に食われるところは、リアルに兄が追ってをさしむけ、高子を奪い返すって物語になってます。で、「雲林院」にもどりますが、伊勢物語の芥川は、宮中の芥川だという、物語の秘事をつげる曲なんだけど。


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2006.03.21

「きれいはきたない、きたないは。。。」

@マクベス
アートスフィア劇場が幕をとじる。。。日露国交回復50周年記念に、モスクワ・ユーゴザーパド劇場の「マクベス」

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2006.03.18

悠さん、じつは、、@雨男の夢@ショート・ショート

おいらは、40歳独身男に、お見合いをすすめに、写真をもって、喫茶店にいる。
もう少し、寒けりゃ、雪なんだけど、暖かくなったのか、雨になっている。

男「悠さん、僕には理想が、、、、」
(そうかい、そうかい、背が高い、か、低いか、丸顔かい、細面かい、、、。おいらは、「いいか、これからは、向こうが断ってくるまでは、毎週、二人でごはんがたべられるんだぜ、たまには、映画もみられるかもしれないんだぜ」とすすめている)。

男「雨が降って、僕がビルをでるとするでしょ?」
(おう、おう、そういうときもあらーな)
男「ビルの影で、傘を持たずに、待っている女性がいるとするでしょ」
(おう、おう)
男「で、僕が、「お入りになります」って声をかけますでしょ。そういう出会いで、知り合って、話がはずんで、女性と知り合いたい、、、、、お見合いは、だめなんですよ」
(ばかやろう!永遠に一人でいな!)

おいら「そうかい、じゃ、またな」

喫茶店を出て、傘を差しかけて、おいらは、「あいつとあうと、いつも雨、あいつは雨男だ」と思う。
(うーーーん、落ちはもうひとつだな(^^ゞ)

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「オセロ」@複式夢幻能

平川祐弘「奇人アーサー・ウェーリーが開いた源氏物語の魔法の世界」。おととしの文学界の夏号あたりにのってって、複式夢幻能の紹介で、「オセロ」を能にしたらっこうなる。ってのが書かれているというので、図書館で探し出す。
(前場)
旅の僧「これはベネチアよりきた僧にてそうろう。我いまだ、サイプラスの島を見ず候ほどに、ビーナスの島にくだりそうろう」

で、娘が、イチゴ模様の刺繍のついたハンカチをもって下げて現れる。
いろいろ話すと、只者ではない。
僧「かくなるは、いかなる人にてましますぞ」
娘「はずかしや、われは、古、デズデモーナと呼ばれしが、跡たびたまえ」(消え去る、中入り)

(後場)
寝室に一人いるデズデモーナ。
デ「雪よりしろき君の肌」
(地謡)「雪より白き菊の花、しばし、ハサミは、ためらいて」
(漱石の句「白菊にしばしためらうハサミかな」ってのは、「オセロ」を俳句にしてるんだって)
「しばし、わが身はためらいて」

デ「命の光また消えて」
地「うせにけり、うせにけり」(終わり)

うーん、へーーと感心したので、メモしときます。

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マンマ・ミーア

大阪梅田で待ち合わせる約束になってたのに、友達がこない、えぇ、とメールが入って、キャンセル。で、四季劇場へ行ったら、「当日券 1枚あります」なんてのがあって、見に入る。

母一人、娘一人、娘の結婚式前夜と結婚式当日の2幕物。娘は父親とバージンロードをあるくため、母の日記を盗み見て、それとおぼしき3人を結婚式に招待している。

一人は冒険家。一人は建築家。一人は銀行員。
安定、非安定、芸術(知性)-反知性、これって、すべての男に愛されてるのにひとしいよね(^^ゞ。で、誰が父親なのか。最後はえっって落ちだったけど。

この70年代に青春を送った母親がかっこいいのよ、生き方もだけど、娘より。
久しぶりに歌というか音楽堪能してきました。

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2006.03.16

「夜風がふっと、@神はサイコロを

振らない@TVドラマ最終回」

「夜風がふっと、髪を揺らして通り過ぎる、ふっと、後ろのアキが気になるが、振り返れない。振りかえれないヤスコ。しばらくして時計をみて振り返る、もうアキはいない。」
駅前通りを歩きながら、
アキ「ネイルサロンっていうのがあったね。爪にペタペタ塗って、キラキラさせてるやつ。」
ヤスコ「あー、やりたかった?」
アキ「いやー、私はちょっと。」
ヤスコ「やりたいんだ!」

ヤスコ「じゃ、いまも、あるか、みてくる」
ヤスコ、アキよりさきに歩き始める。。。。で、夜風が。。。。

ヤスコとアキのお別れのシーン。ほんと、人生ってこうなんだよね、って。

10年前のまま戻ってきて、消えてゆくアキ、10年、年をとったヤスコ。
アキが消えたとき、ヤスコが悲しまないようにと願うアキ(ほんと、自分より他人をと何故思うのだろう。だれかのために役にたってるって、たぶん、それが自分の生き甲斐なのだ。)

このシーンが、なんども、なんども、自分の頭で繰り返されて、ほんと、切ない、いいドラマでした。「10年前の、、、(情熱を)今もってますか?」ってなキャッチフレーズがでてたけど、このドラマは、身近な人が消えたとき、(自分が消えたとき)淋しくないですか?」が正しいキャッチフレーズだと、私は思う。
普通の日常の中にすべてがある、ドラマも、戦争も、すべてが。別の話じゃないんだよってメッセージが、伝わってくる。。。 

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2006.03.14

「世界の日本人ジョーク集 」@ 中公新書ラクレ

*国際会議の議長になる資格
ーーインド人をだまらせ、日本人をしゃべらせる

*無人島に美人と二人の男が残されたとき
ーー会社に「どうしたらいいですか?」と上司の指示をあおぐーー

*妻が浮気をしている現場にでくわしたとき
ーー名刺を出して、相手が挨拶にくるのをまっている。

*日本人とジョーク
日本人は3回笑う
一度目は、聞いたとき、2回目は、思い出したとき、3回目は意味がわかったとき。

うーん、日本人の会社人間なのと、話さないのが皮肉られてるんですね。
ほかにも、あったけど、仕事場に本を置いてきました。思い出したのを紹介しときます(^^ゞ

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「ねぇ、光ッたら、、、、@半蔀(はじとみ)

うちに泊まったのよ、となりの家じゃ、辛気臭い念仏が聞こえてきたけど、、、、それにさ、光がはじめてうちを見つけたときはさ、これからも、ときどきくるからって、和歌一首読んでったのよ。「折って見たらわかった、たそがれにほのぼのと見えし花の夕顔」、夕顔ってわたしよ、意味深でしょ、この歌、ねぇ、、たらっ、、聞いてるの」

夕顔ちゃんがでてくる能は、「半蔀(はじとみ)」と「夕顔」の2曲だけ。狂言しばらくやめたので、台本覚えなくてすむので、謡は、本見て謡えばいいんだけど、文句まで、覚えてしまった。で、意味考えてみたんだけど、どうも、上のようにしか読めない。だいぶ、ワープしてる江戸時代に。ちなみに、このあと、分数の掛け算ができなくなってた。うーん、どうなんてんだ、おいらの脳(多分、使うところが違うのね(^^ゞ)

「そのころ源氏の中将と聞こえしは、今夕顔の草枕、ただ仮伏しの夜もすがら、隣を聞けば、三吉野や、御岳精進のみ声にて、南無、当来僧子、ミロク仏とぞ唱えける。、、、、、なお、それよりも忘れがたきは、源氏この宿を見初め賜いし夕つ方、、、、、折々訪れん寄る辺の末の頼みとて、一首を詠じたまいける。「折りてこそ、それかとはみめ、たそがれにほのぼの見えし花の夕顔」」(半蔀)

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2006.03.12

悠亭日常2006-3-11

謡の稽古に行く。うーん、練習してないとあかん、なおされっぱなしでした。音感がないので、「音が、そこは高く」って言われても、「えっ、そうなんですか?」(内心)ってもので、困ったもんだ。稽古場は、お寺の中の一室(拝観料をとってるお寺、っても稽古に入るときには、拝観料いりませんけど)、こんなところで、「そのころ、源氏の中将と聞こえしは、この夕顔の草枕、ただ仮伏しの、、、」なんて文句が艶めいてくるのは、江戸時代にワープしてるせいか(笑)。

で、本を返さねばと、図書館まで、歩いてると、途中の道が通れない、なんだ、と思うと、撮影中。うん、そういえば、昨日か、おととい、キムタクの撮影があるって言ってたけど。

山田洋次監督がいる、宮沢りえらしき人がいる、で、観ている。ワンカットっても、映画のシーンにすれば、2分程度の場面を繰り返し、繰り返しやってる、とうとう、30分も見ていた。「ハーイ、本番です、音立てないで下さい」というスタッフさんの叫びも、4,5回は聞いた。それでも、OKにならず、撮影は続く、、、、、、、。ってとこで、OKになった本番撮影シーンは見てないんです^^;。

で、仕事場に行って書類整理する。今日明日は、東西の狂言師、能楽師が、「平家物語」を題材にした能曲の、エッセンスの場面だけを演じるってのがあるんだ。たとえば、那須の語り、京都の茂山家@大蔵流と、江戸の野村家@和泉流では、型が違うのだけど、それが観られる企画なんだけど、この分だと、見に行けないな(T_T)。

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2006.03.11

イーオン・フラックス

アメリカンは、未来志向、クローン、宇宙船(トム・クルーズのでてた宇宙戦争にでてたような宇宙船)、こんなのが好きなんだ。「過去を持たずに生きられない」、どっか、歴史を持たないことが、虎と馬になってないかい?。そういえば、敵の出で立ちは、スター・ウォーズみたいだったかな?

シャーリーズ・セロン、やっぱり、鍛えられた体はうつくしい、おいらも、中断してたジム通いはじめなきゃ(笑)。

シャーリーズ・セロンの出で立ちは、どっか、忍者みたいだし、セロンが、忍び込む最中にまいて、笛を吹くとあつまってくるってのは、ネズミを集めるのに似てる、目とか、体に物質を入れて、会話するってのも、気功とかの気お伝え合いに似てる、400年も同じように生きるってのは、日本で言えば江戸時代かい、って、TVの前に座っていちゃもんつけてるおじさん風に、独り言を脳内でつぶやきながらみてました。子供が生まれないって恐怖を、極大化すると、こういう映画になるんやな~と感心してます。

最後に、鍛えられた体はうつくしいぞ(笑)。

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2006.03.08

私は、ジャン・ジュネ。。。

激動のフランスを、男娼、盗人として生きた。1969年の「黒い九月」事件がおこった後、パレスチナ解放運動にコミットした(「黒い9月」は、映画@ミュンヘンでもでたたから、わかるよね??)。
盗みで終身刑に処せられそうになったときは、サルトルに助けてもらった。
私の墓はモロッコにある。

今度、私が書いた作品を、ジャポーンの笹井英介、大谷享介、深沢敦の男優が女装して演じてくれた。ジャポーンのミシマは、「サド侯爵」、出演者は女優たちだけという戯曲を書いて、演じさせている国だし、この退廃にみちた&緊張した台詞のある劇が演じられている国で、私の作品が演じられのは、とてもうれしい。

生きると言うことは、じょじょに死ぬことだという、生=死の退廃、退廃の美をいうのを、舞台上で、いつしか、気がつくと花で飾られた棺ができあがってゆく過程をみせることで、はっきりみせてくれる、この舞台は。女中たちが演じる奥様ごっこは、互いに悪意に満ちて、この悪意でお互いの存在を確認するという倒錯した世界だ、奥様の自分勝手な振る舞いと対になっている。

この3人の男優というべきか女優というべきかの演技は、作者のわたしでもぞっとし、どきどきする、ジャポーンの丸眼鏡をかけた観客は、「この劇、ぞっとする=ぞくっとする、これを味わえたことに感動する」と言っていた。

よろこばしいことだ、3人の男優に拍手を。

      (さぁ、署名して、この文をおわろう)

                    偽じゃん・じゅね (笑)
ps これ「女中たち」@演劇の感想です。

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2006.03.05

読書日記2006-3-5

月と狂言師@谷崎潤一郎 中央公論新社  2005-11-25出版
法然院で9月の満月の日に行われた、茂山千作(今の千作のおじいさん)一家の狂言小舞を鑑賞する谷崎の随筆。元は、昭和22年ころ書かれたもの。茂山家で、狂言を稽古している人、観世で仕舞をならってる人など、素人が芸を披露したりする。

こういうの読むと、昔、ニフティの能狂言フォーラム+源氏フォーラムで、京都のカラオケ店で、机を片付け、あいた空間で、各自の芸を披露したり、山科@月心寺で、庵主さんの料理をいただきながら、フォーラム仲間で芸を披露しあったりしたのを思いだす。

素人は、稽古したものを、やはり、どこかで披露したいもので、仲間を集めて、昔もこういうことをやってたんだと思う。(これって、習い事=発表を略して、ひそかに習う=発表っていうカラオケの下地になっていると思うんだけど、どうだろう。

サド侯爵夫人@三島由紀夫 河出文庫2005-12-10 単行本は1965-11。
サド侯爵夫人、夫人の母、妹、女中、母の友2名という女性しかでてこない劇。
三島の小説には触手がでないが、戯曲は、近代能楽全集とか、鹿鳴館、我が友ヒットラー、等、戯曲は、すべておもしろい。多分、三島のアフォリズムが、台詞にちりばめてあるのと、台詞は、俳優が血肉化してくれるからだろうと、思う。
ただ、「赤い月が運河から上ってきて、私たちのベッドを照らし。。。」とかいう台詞は、男優が女性を演じてやったほうがいいのかと。ジャン・ジュネの「女中たち」で3人の男優が、女性を演じていて評判なので、そう思う。
ただ、戯曲なんで、せめて初演のときの俳優さんだけでも、書いといてほしい。
解説読むと、3年前に鐘下辰男の演出でやられてるとでてた。(そのころ、鐘下さんの名前は知らなかった(T_T))。

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夫婦犯罪

たよりない夫婦が,夫の異母妹の家にやっかいになっている。異母兄弟の父は政治家。妹の母は亡くなっている。夫は、版画家。棟方志功の贋作つくりをしたいたこともある。
(夫=春風亭昇太@「タイガー&ドラゴン」、妻=片桐はいり 若い女=辺見えみりの三人芝居)

妻=この家は、もともと、夫の父が金出してたてたものじゃない、妹さえいなきゃ、夫のアトリエをつくって思う存分、夫に版画に専念さすことができる。
妹=あのやさしい、兄が、がさつな妻のせいで、堕落している、兄にはちゃんと版画家の道を歩んでほしい。
夫=芸術家としての才能はない、しかし、かたぎの仕事もできそうにない。。。。。。
誰かが、誰かを殺してもおかしくない状況。妻は、妹が、自分の食事に毒をいれてるのではないかと疑ったりしてる。

万引きしてつかまった妻が帰ってきたときの会話
妹=信じられない、万引きがはじめてじゃないなんて
妻=いえ、捕まったのははじめてで
夫=もう、つかまるようなことはするな
妻=はい、もう、ヘマはしないわ
妹=おにいちゃん、そんなんでいいの!
ってな笑いがちりばめられてます。
どっちかつーと、片桐はいりの胸借りてる、辺見に春風亭。

台本は「子供騙し」(緒形拳、笹井英介、、)「缶詰」(角野卓造@渡る世間は、、のラーメンやの亭主)の水谷龍二。一応地元であったのだけど、どちらかというと、不便な土地でした(^^))。

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2006.03.04

県庁の星@ショートショート

おいら裕太。13歳。母子家庭。かーちゃんは、スーパーのパート。レジ打ってる。レジ打ちの合間に「あき」ちゃんみたいな若いパートにあれこれ指示されながら、売り場に、品物をそろえたりしてんだろ、きっと。

かーちゃんが持って帰ってくる、売れ残りの弁当、げっ、二度揚げしてんのかよ。あんなの食ったら体重ふえそう。
県庁さんみたいなのは、現れないけど。おいらは、東大に行って国家公務員になってハクつけて、県庁に出向して、それから、金持ちのお嬢さんと婚約して(県庁さんみたいなヘマはしないぜ)、蔵之介さんみたいに、クールに生きてゆくんだ。県庁さんみたいに、熱くなっちゃいけない、まわりから浮いちゃうぜ。

うん、うん、女ねぇ、
いつもみつめてなきゃいけない。
形のないものに金を使う。。。。
メモメモ。

「のむくん、のむ?」こんなおじんギャグとも、つきあわなきゃいけないんだ、大人になるってことは。

いけない、塾いかなきゃ。
(あっ、落ちがないや(^^),おいらって、気がつくのがいつも遅い(^^ゞ)

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