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2006.04.26

悠亭読書2006-4-26

「村上春樹の隣には三島由紀夫がいつもいる」佐藤幹夫 PHP新書2006-3-31
「羊をめぐる冒険」村上春樹 講談社文庫 2004-11-15 もとは1982-8「群像」掲載

そうか、村上春樹は、三島のあとをつぐものだったのか(^^ゞ。秀才だったらこんなことは書かない、思い込みを、論証しようとする愚直なまでの筆力の「村上、、、、」。「ノルウエィの森」は三島の「春の雪」の格闘の記録だという、それを論証しようとする、筆者の強引な思い込みにつきあった。太宰は、志賀直哉と格闘し、三島は、太宰と格闘し、村上は三島と格闘する。

「1970年11月25日のあの奇妙な午後を僕ははっきり覚えている」と「羊の冒険」には書かれている。その日は、三島が防衛庁に乗り込み死んだ日だ。

おいらもその日学食でTVを見ていた。

そうか、村上は、三島のような劇的な人生をさけたのだ。この「なんの意味もない」「退屈な生」に価値をもとめたのだ。

1960年代は、岸上大作、樺美智子、、と名がのこった、しかし、10年後の、おいらたちは、デモから一歩はずれれば、道行く人と変わらない、そういうスタイルだった。

村上は、「退屈」をもてあますと、三島のような死がまっている、とりあえず、いきのびることに価値を求めたのだと思う。

おいしい物をつくる映画は、はやる、「ミュンヘン」「かもめ食堂」「Vフォー」等(って、この3ツみての強引な結論なんだけど、村上の小説も、おいしい料理をする男がでてくる(^^ゞ

「ねじまき鳥クロニカル」でも満州の無意味な戦争が書かれていたが、ここでも、満州からきた羊が書かれている。そうか、昭和史の総括つーか、日本人は、いつ、侵略するかもしれない、三島のような激情にかられないかもしれない、ことを考察してるんだ。

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コメント

こんにちは。ご無沙汰してます。
なんとなくこの記事に着いてしまいました(苦笑)

三島由紀夫事件のとき、私は母親のお腹にいました。
母は「うわあ、こんなの見ちゃってお腹の子大丈夫なんだろうか」
と焦ったそうです。
(たぶん、大丈夫だったみたいですね)

村上春樹の作品はずっと読んでるんだけど、
いつごろからかな、世間のブームが終焉してから
読むようにしてます。
ということで、1Q84も未読です。文庫本が出てから読みます。
ということでまだ読んでないけど、村上春樹自身、
>村上は、三島のような劇的な人生をさけたのだ。この「なんの意味もない」「退屈な生」に価値
というところから、「なんの意味もない」「退屈な」人生というのは本当はない
という方向に行きつつあるのかなと感じてます。
私自身、普通に生きていくことって本当にすごく大変で大切なことなんだよなと感じます。
私も平成の大事件があったとき、「特に何もしてなかったけど、そういえば妊娠してた」
とかさらっといえるようでありたいです。


投稿: RIN | 2010.04.18 16:32

>RINさん、ごぶさたしてます。
ムラカミさん、同世代なんです。
劇的なってのより、「普通の人」っても、普通の人っていないんですけど、まー人の「日常」に、意味があるんだ、戦争も平和も、そこにしかないんではないかい、って思ってるんですけど。
いさましい発言には、なるべく用心してます(笑)。
劇で言えば、悲劇(ヒーロしかでてこない)より喜劇(等身大)ですね(^^)

投稿: 悠 | 2010.04.18 17:30

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