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2006.07.22

「法隆寺の謎を解く」

武澤秀一、ちくま新書、2006・6・10
「死者の書」@映画では、奈良の都は、大陸(朝鮮含む)の都を模してつくられた。
まー、アメリカの建国当時、イギリス等西欧に模して建物が建てられたみたいなもん。
法隆寺も大陸の寺を模して作られたはず。。。。??。

で、法隆寺の謎とは、
「法隆寺は焼けたのか」「なぜ門の真ん中に柱があるのか」(聖徳太子の霊を封じ込めるためか」「なぜ、心柱だけが地中に埋められているか」「法隆寺の建物配置は日本で生まれたのか」等というもの。この謎が解き明かされてゆく。これがスリリングで、もう、本を読みはじめたら本から手がはなせない。狂言見てる間も気になって気になって(笑)。

大陸の寺院は、門、塔、金堂が南北の線に直線にならぶ。ところが、法隆寺は、塔、金堂が門からみて左右(東西)にならぶ。

中国では、古来、北極星を天の中心として、太陽は南にあるとき、一番高い位置にある。
これが南北の線を基本とする宇宙観を育ててきた。

法隆寺は、これと違う配置にある。これは、門から見ると、塔と金堂の間の空間に安らぎを感じる感性と一致していたのではないか、と著者はいう。
これが日本人のDNAではないか、と。

うーん、ここまでもってゆく本にひたすら感動してます。

ついでに、面白かったのを個条書きにすると。
塔とは、ストゥーハ=卒塔婆、塔婆、これが略されて塔。インドでは饅頭のようなものに柱が串刺し状についている。インドでは、大海にスメール山が出現し、その周りに宇宙が形成されたと考える。
で、塔は、このスメール山をあらわす=形は、饅頭みたいなもん。柱は宇宙樹をあらわす。
(諏訪大社の御柱もこれによる)。

法隆寺と同じころにたった伊勢神宮にも、同じような様式がみられる。

夢殿が八角形なのは、宇宙を八角形とみなす道教の影響(八紘一宇の八紘は八角形のこと)。京都御所の天皇の高御座も八角形。

日本古来と思ってても、大陸の影響受けてたり、大陸とかわらないと思ってても、日本の独特のものだったり。まだまだ、わからないことが多いんですね、古代日本。




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コメント

こんばんは。
サンスクリット語の授業を3回位受講してリタイアしたワタシです。
梵語を読めるようになると格好良いなーと思っていたのですが。
日本古来といっても、文化と思えるような洗練された部分はほとんど大陸の影響だったのでは?と思っている非国民なワタシです。
伝統的な事柄と思っていても、明治以降に定着したことも多かったりしますよね。

投稿: いわい | 2006.07.23 00:59

■いわいさん、おはよう。
>サンスクリット語の授業
すごい!!<尊敬のまなざし
私は、秦荘、甲良(高麗)なんて地名があり、百済寺なんてのがある地方に住んでるもんで、ここは昔は植民地??、と思う非国民です(笑)。
明治維新ってのは、ほんと「文化大革命」で、古いものだと思わすようにあたらしくつくったものがあるんですよね、明治神宮なんかは、古くからあると、みせるために、各地から古木を献上させてますし。
江戸時代、金沢と同じく「祭り」が禁じられていた彦根藩でも、いま、むかしからつづくみたいに「祭り」やってますし(笑)。

投稿: 悠 | 2006.07.23 09:56

こんにちは。
週刊文春、読みました(^^;)。
こちらの書籍も概要が紹介されていましたね。
確かに、おもしろそう!
少し前に、上坂冬子の『靖国問題』(文春新書)を読み終わりました。いろいろな意見があるものだなー、と思いました。昭和天皇の言葉が、発表されたりして、どうなっていくのか…。。。

プロフィール掲載のお写真、拝見してます。(^^;)

投稿: あかん隊 | 2006.07.24 16:04

■あかん隊さん、こんばんは。
>プロフィール掲載
は、は、は、と笑ってごまかす(^^ゞ。苦労して下の方に移したつもりだったんですけど。

そうそう、週間文春の記事読んで、気になtってて、見つけて買いました。

投稿: 悠 | 2006.07.24 19:32

こんにちは♪
むかーしむかし、梅原猛の「隠された十字架」を読んでえらい感化されたクチです。
この本も気になっていたのですが、確かに面白そうですね~。
積ん読本が山のようになっててなかなか減りません(泣)

投稿: ミチ | 2006.07.26 08:50

■ミチさん、こんばんは。
>「隠された十字架」
そうそう、私も感化されたんですよ(^^ゞ。
で、この本は、梅原さんへのアンチテーゼっていうか、ジンテーゼっていうか、面白かったですよ。そうとう、みんなが、梅原説を意識してるってのも逆にわかります。

中間に空間がある世界~これが日本、でも、これも、道教の影響かもしれない、、、ほんと古代は複雑なんですよ^_^;。

投稿: 悠 | 2006.07.26 21:04

武澤さんの『法隆寺の謎を解く』はスゴイ本ですね。これでは梅原さんも真っ青?じゃないかな。それにこの本は奥が深くて、巾が広くて、単なる謎解きを超えてるところがほんとにスゴイ。

投稿: 夏空 | 2006.08.12 08:38

■夏空さん、はじめまして。
「法隆寺の謎を解く」ほんと、すごい本です。
<狐>さんのおすすめ本の、岡田さんの本を読んでますが、白村江の戦いの敗北のショック、世界=当時の中国との交流が絶たれた、攻め込まれるかも知れない恐怖が、日本という統一国家の成立を促したって論で、これも、いままで習った古代史とえらくちがってってびっくり!!です。
中国からの独立、、、これがそのころテーマだったんでしょうね(^^ゞ。

投稿: 悠 | 2006.08.12 22:21

悠さん

> <狐>さんのおすすめ本の、岡田さんの本を読んでますが、白村江の戦いの敗北のショック、世界=当時の中国との交流が絶たれた、攻め込まれるかも知れない恐怖が、日本という統一国家の成立を促したって論で、これも、いままで習った古代史とえらくちがってってびっくり!!です。

あなたがご指摘の白村江以後の対外緊張も武澤秀一著『法隆寺の謎を解く』はちゃんとおさえていますね。そうした不穏な環境の中で、大唐帝国何するものぞという気概から日本に固有の法隆寺の伽藍配置が生まれたとしていますね。あの本は、建築だけでなく宗教、美意識、政治、後継争い、権力闘争、外交関係などなどすべてをおさえていて、それがまた全部辻褄の合う、破綻のない新説を打ち立てていますよね。興奮しています。

投稿: 夏空 | 2006.08.12 22:57

■夏空さん、おはよう。
私の場合、何冊も、似たような本を読んでまとまってゆく、ってもんでして、武澤さん、岡田さんと読み進めていって、古代史、ぜんぜん、習って知ってるのとちがうやん、となっています(^_^)。
回った礼拝する方式、インドで発見し、法隆寺に適用して「門の真ん中の柱」の意味を解いてゆくところもすごいかったですよね。
当時が、いろんな影響を受けていることが、今は、もう、わからなくなってますよね。

投稿: 悠 | 2006.08.13 07:51

■悠さん、おはよう!

早速の応答、どうもありがとう。

>回って礼拝する方式、インドで発見し、法隆寺に適用して「門の真ん中の柱」の意味を解いてゆくところもすごいかったですよね。

そう、武澤さんの『法隆寺の謎を解く』の大きな魅力はフィールドワークの蓄積の上に論が展開されていることですよね。この点は7月24日の産経に出ていた書評で「一貫した徒歩の視線と思考」と評されていましたけれど、本当にその通りだなと思います。この書評は心洗われる名文です。Web上でも見られますからご覧になることをオススメします。

投稿: 夏空 | 2006.08.13 08:46

■夏空さん、すすめ書評見てきました。
徒歩の思考=言いえて妙ですね。
碩学ってのは、いるもんですね、と、こういう本を読むと思います。

投稿: 悠 | 2006.08.13 09:03

■いわいさん
>日本古来といっても、文化と思えるような洗練された部分はほとんど大陸の影響だったのでは?と思っている非国民なワタシです。

そう、わたしもそう思っていました。大陸からの影響に間違いはないのですが、武澤秀一著『法隆寺の謎を解く』を読んで、そこから先を見ることの大切さを感じました。一旦はすべてを呑み込む、そこで生じる違和感を時間をかけて解消してゆき、結果、大陸にないものが誕生している、というくだりには思わず唸りました。どう思われますか?

■悠さん
>中間に空間がある世界~これが日本、でも、これも、道教の影響かもしれない、、、

老子の言葉に見るように空間、空白に究極の価値を見いだすのが道教思想と思います。確かに日本では言語化あるいは文字化されることはなかった(?)かもしれませんが、列島に培われた感性はまさにそうしたものであったと武澤さんは見ているようですね。
大陸には壮大で豪奢な建築物はあっても、空間表現にかんしては確かに日本が卓越、洗練されていると思われるのですがどうでしょう?

投稿: 夏空 | 2006.08.14 10:07

■夏空さん、こんにちは。
私は、なんの根拠もなく、神道=道教だとおもってるので、武澤さんの、法隆寺が、伊勢神宮に近いといわれてるのを、武澤さん以外の誰も、そんなこと言ったことがない、しかし、法隆寺=道教、神道=道教だとすれば、ありえるよねって感じで読んでました。

日本の絵画の空間処理、すべてを塗りつくさない=雲がかかったようするって処理が日本独特のものだと思ってるのですが、これが、洗練か、卓越かはわからないのですよ、私(^^ゞ

投稿: 悠 | 2006.08.14 16:55

■悠さん、スルドイ!

>武澤さんの、法隆寺が、伊勢神宮に近いといわれてるのを、武澤さん以外の誰も、そんなこと言ったことがない、しかし、法隆寺=道教、神道=道教だとすれば、ありえるよねって感じで読んでました。

当時の天皇家が道教を導入することによって豪族たちとの差別化を図ったのではないか、法隆寺にもそれが反映している、という『法隆寺の謎を解く』における武澤さんの主張はなお仮説の要素が濃いとはいえ、刺激的で可能性に満ちていますね。
いま、われわれが“神道”と呼んでいるものは当時、多くの口承はあったにせよ、まだ十分に言語化、体系化されていなかったと思うんですよ。自然=カミであり、カミ祀りの儀式はあっても、仏教や道教と比較できるものではなかったろう。大急ぎで体裁を整え、それが古事記になったのでは? 伊勢神宮の「白い空虚」は法隆寺と通ずるものがあり魅力的ですが、信仰のコンテンツは他に比べて人工的と思いません?
なので、この時期、カミ信仰はもちろんありましたが、今日いうところの“神道”はまだまだヒヨコだったという前提つきで、悠さんに賛意を表します。

投稿: 夏空 | 2006.08.14 19:36

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