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2006.08.23

花のほかには松ばかり

山村 修著 檜書店 2006-8-10

謡曲を読む?!ずっと、謡曲は謡うものであり、舞うものであると思ってすごしてきた。
鐘下辰男が、世田谷シアタートラムでやった現代能楽集@求塚の解説で、「能の台本は、演劇のシノプスみたいなもので、、、、」と書いていて、それで求塚@謡本を読んだことはあるけれども。山村さんが謡曲を読む。

たとえば、今、謡で習っている「夕顔」(あの源氏物語にでてくる夕顔ちゃんです)。

習っている詞章
「はかなかりけるヒヲムシ(かげろう)」「秋の日」「風にまたたくともし火」「みずの泡」
これらが浮かび上がらせる情景は、顕界と幽界のあわいなのだ、しかし、不思議に安堵する、と著者は書く。おいらは、著者に指摘されるまで、謡っていても気がつかなかった(-_-;)。

弱法師@能の盲目の弱法師の謡
「お、お、みるぞとよ、みるぞとよ」「さて難波の海の致景のかずかず」「住吉の松影」
から「今はさらにくるわじ」(もうくるいません、くるいません)に至る、一瞬の昂揚から、失墜。ここに転落のドラマが圧縮されている。
おーーそうだったのか、おいらがここで、いつも感じる不思議な気分は。

狂言で「月見座頭」を演ったとき、松虫と、弱法師の謡があったが、松虫が、青年の純粋な気持ち@著者の解説、とすると、最後の弱法師は、一瞬の昂揚のドラマ。うーん、よくできた狂言であった、と、この本を読んでいまごろ気がついてます(-_-;)。

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コメント

こんばんは。
子どものころ、父が「謡」を習っていました。
何を言っているのか、さっぱりわからなかったし、変な(失礼)抑揚がついているし、いったい何? と思ったのを覚えています。(^^;)

映画の台詞でも、シナリオで「活字」として読むのと役者さんが言うのを聞くのでは、やっぱり違いますね。黙読より音読というのが、先にあったんじゃないのかな、と想像しています。

抑揚がつくと、覚えやすいということもありますし、ストーリーがあればもっと覚えやすい。
歌詞でも、活字で読んだり、実際書いてみたりすると違った味わいがあるなぁ、と思ったことはあります。(それほど深い読み(?)はできません)(^^;)

投稿: あかん隊 | 2006.08.25 02:07

■あかん隊さん、おはよう。
>何を言っているのか、さっぱりわからなかったし
能楽堂で、聞いてたって、ほんと、何言ってんだいってとこありますもん。(英語の歌聴いてるのと同じですけど(^^ゞ)。
謡、小唄、義太夫、長唄って習い事は、どこへいっちゃたんでしょうね。
最近、カラオケへ行ったら、来ている方々の歌ってる歌は新曲ばかり。。(きっと、習ってるんでしょうね、カラオケ)。

投稿: 悠 | 2006.08.25 07:56

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