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2006.08.14

日本史の誕生@岡田英弘著

弓立社(1994.10.31刊)
~1300年前の外圧が日本を作った~

まず、マレーシアの例から
15世紀初頭、スマトラのバレンバンから移った王家が、マラッカに港町を開設
それから半島各地に分家のスルタンが根を下ろし、移民が流入する。南インドからタミール人、アラブ人、中国から福建人、潮州人、客家人、広東人、海南人。ある町は客家系、ある町は福建系、その間にマレー人が寄生する。 相互に共通の言語はない。

現代の人口比、中国系40%、マレー人50%、インド系など10%。中国系、インド系の共通言語は英語。

で、1963年、マレーシア連邦になった。そこで、あらたな公用語としてバハナ・マレーシア(国語)ができあがる。これは、英語から直訳し、英語の語順にしたがってならべる。

これと同じことが、古代の日本に起こった。
中国商人が、港町を形成する。
日本列島にやってきた中国商人は、陸に上がらず、船の上で取引する。
その陸人をまとめる酋長が選ばれる(彼は中国語ができる)。その酋長が管理する一場ができる。そのうち取引量が増え、滞在する場所ができる。こうして港ができ、居留地ができ、酋長は富む。倭人の百余国は、日本列島の海岸にそういう集落ができたということだ。

土着する。秦人、漢人、高句麗人、百済人、新羅人
(韓半島は、中華からの商人が港町をつくり支配、土着、それからさらにジャパンへ)。たぶん共通語は、中国文化の影響の強い百済方言であった。
この時代国などはない。雑多な種族がいる状態である。

これが白村江の戦いに負けて、国としてまとまらなければ、唐・新羅連合に飲み込まれかねない。そこでできたのが日本。共通語をつくるのに、当時の新羅の公用語は中国語であったから、これを避けて、漢字で綴った中国語の文語を基本に、その一語一語に対応する和語を探し出して置き換えた、たとえば、山に「やま」。これが日本語誕生である。

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