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2006.08.26

聖徳太子はいなかった???!!

以前、中公新書かなにかで「聖徳太子はいなかった」とかいう題名の本を買ったが、読まないでいた。とんでも?!じゃないのって、気がしていた。
ところが、戦前(第2次世界大戦)前から津田左右吉などが言い出していたんだそうだ。
「聖徳太子の真実」大山誠一編、平凡社、2003-11-25

岡田さんの本では、日本書紀の記述は、東アジア、とくに、その時代の大国中国の関連文書などをもとに、検証されねばならない、とくに、日本書紀は、天武帝、持統帝の権力の正当性を示すために編集されたものだから、注意しなければ、、、とあった。

そういえば、「母が救世観音の夢をみて懐妊した」「厩の戸にあたって出産」「生まれてすぐ者を言った」なんてのは、キリスト伝説、をパクッたもんだろう。
17条の憲法をつくった、三経義しょを作成したなんてのも、厩戸の功績ではない。

では、日本書紀の作者は、なぜに、聖徳太子を創造せねばならなかったか。
じつは、当時の大王「蘇我馬子」の業績を隠すためなのだ。馬子は、当時の権力者であった。中大兄皇子が、入鹿を殺したのは、権力者内のクーデターである。
馬子の統治を隠し、万世一系の天皇伝説をつくるためには、馬子の功績を抹消しなければならない、これが、聖徳を創造しなければならなかった大きな理由である。

物語に呪縛される(だって、学校で、大化の改心だとか、入鹿の横暴とか、教えてくれてるんだもん)となかなか、とけないもんですね。

(念のために書いておくと、この聖徳太子はいなかったって説に異を唱えたのが大御所坂本太郎、元東京帝大教授、東大ってのをバックに権威をもった説のように装うってのが現れるから、これも要注意ですな、本読むときは(^^ゞ)

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コメント

悠さん、こんにちは。精力的は読書生活、止むことなき探究心ですね。

>以前、中公新書かなにかで「聖徳太子はいなかった」とかいう題名の本を買ったが、読まないでいた。とんでも?!じゃないのって、気がしていた。

そのタイトルの本は新潮新書からでしたね。読んでみて、威勢だけはいいが中身のない印象でした。
このテーマについては、吉川弘文館から出た大山さんの『〈聖徳太子〉の誕生』を押さえておくのがいいと思います。
ついこの前、話題にしていた『法隆寺の謎を解く』の冒頭でも、この問題にふれていましたね。
そのなかにあった
「事実と虚構の総体のなかにひとは真実を見いだす。」
とは、含蓄のある言葉と思いました。

>とくに、日本書紀は、天武帝、持統帝の権力の正当性を示すために編集されたものだから、注意しなければ、、、とあった。

それはまったく、その通り! つねに確かめていく姿勢が求められているわけですね。

投稿: 夏空 | 2006.08.27 14:41

■夏空さん、こんばんは。
お知らせありがとうございます。
ひとつの本だけでは頭に残らないので、いろんな本を読んでやっと、頭に入ってくるたちなので、ご紹介本たすかります。
古代史って、いろいろ、わかってくることが多いです(^^ゞ

投稿: 悠 | 2006.08.27 21:12

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