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2006.09.23

チェルフィッチュ「体と関係のない時間」

チェルフェッチュ、一度NHKの芸術劇場だっけでやってるのを見たことがあって、なんじゃこりゃ!!と思ったもんです。その後主宰者の岡田利則は、岸田戯曲賞をとるし、ますます、なんじゃ、こりゃ??だったんですが。
京都で見てきました。もっと、もっとなんじゃ、これは!?!でした(^^ゞ

昔、赤テント、黒テントを見ていたことがあった。わかったかといえば、わからんかった。
昔、サルトル、ニーチェ、マルクスの本を読んでいたことがあった、わかったかといえば、これもわからんかった(過去形)。でも、頭は熱かった。なにか、ココロに、アタマが煮詰まるように熱くなっていた。

チェルフィッチュ、若い者も、この静かな演劇がゆきついいた静けな演劇に、ココロ、アタマが刺激されているのだろうか?若者の胸ぐらつかまえて、「教えてほしい!!、どこが君ら面白いんだ!!」と、おじさんは思う(^^ゞ。

「お菓子が、、、、、むかし、、、、、ぼくに、、、、趣味で、、、、作っていて、、、、太るから、、、妻が、、、、くれたんです、、、、やめたん、、、、、です」と、身体は、足を動かしたり、手を動かしたり、して台詞がはなされる。「、、、、、、」は間。
台詞を話す身体など、奇形にすぎないという暗喩かい?、、、、、デュシャンだっけの便器の彫刻が世界は便器みたいなもんだぜってな暗喩と同じに。
あーあ、さっき本屋で求めた「アンドロゲプス~沈黙のパルチザン」を読んでるほうがいいぞ(笑)。

で、気がついたんだが、語順めちゃめちゃの台詞、「お菓子が」で、お菓子がイメージされ、「作っていて」で、え、話者が、それとも妻がと想像し、「趣味」えっ、話者の、妻の、と重層的(一義的でない)なイメージが広がる、え、え、っ、これって能の詞章とおなじじゃん。
間もそうだし、、、、おいおい、前衛が能のような先祖帰りしちゃあかんぞ。
はい、次回に期待します(-_-;)

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コメント

あの作品が能のように見えるのは岡田氏の意図するところでしょう。

>前衛が能のような先祖帰りしちゃあかんぞ。

どうしてですか?
少なくとも彼らは前衛と思ってないんじゃないかなぁ。

投稿: | 2006.09.26 20:40

コメントありがとう。能のように見えた点では一致してるんですね。
>少なくとも彼らは前衛とおもってないじゃないかなぁ。
そうなんですか。私は、新しい演劇だとおもってるんですよ。世界で、言葉と体が別々にありうるってのを意識させてくれる、言葉を支える肉体ってなのを疑ってみな!ってところがあると思ってみてました。

投稿: 悠 | 2006.09.26 21:00

>若者の胸ぐらつかまえて、
>「教えてほしい!!、どこが君ら面白いんだ!!」
>と、おじさんは思う

ワハハハハ、悠さん~!!(^○^)
チェルフィッチュ、話には聞いておりますが
まだ未見です。
今度、新国立で上演するらしいので、見てみようかなぁ。

悠さん、
「シベリア少女鉄道」という小劇団はご覧になったことありますか?
やっぱり「何じゃ、こりゃ?」って芝居で、
すぐにでも席を立って帰りたくなりますよ。
ただ、芝居好きの間では、なぜかコアなファンが多いんですよねぇ。(-_-;)

投稿: ゆっこ | 2006.09.27 22:47

■ゆっこさん、こんばんは。
チェルフィッチュ、見られたら感想教えてください。
第9歌う合唱の人は、直立、自分の身体を楽器のようにしている極地でしょ。あれで、ジャズのボーカル歌えっても無理でしょ。
チェルフィッチュ、今の若者の声、体とどこかつうじてるって関心があって見たのですけど^_^;。
シベリア少女鉄道、未見です。一応、メモしておきます。大きな劇場でしかみられない芝居に飽きたら、マイナーな劇団の芝居を、これに飽きたら、、、、、と、ココロ、コロコロと、しております。体までコロコロしてきましたけど(笑)。

投稿: 悠 | 2006.09.27 23:39

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