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2007.02.12

2007-2-12日常

日経新聞2007-2-11(日)に歌人の小池光さんが、池田はるみ作の「風切って歩いてゐるがガニ股になってゐるのもしってゐるわい」を紹介されていた。

うーん、すごい歌だ、正統ではないけど、こういう歌が詠んでみたい。

尾崎放哉「咳(せき)をしても 一人」なんて句があるが、「屁をひって おかしくもなし ひとりもの」を尾崎は、絶対、どこかで思っていたはずである。日本の伝統のなかに本歌とりというものがあるからである。絶対意識していたはずだ。

この二つをならべてみると、尾崎の歌の孤独加減もわかると言うものだ、と、おいらは思うのだが、誰も指摘しない(^^;)

池田さんの歌も、たぶん、山崎方代、たとえば、「あきらめは天辺(てっぺん)の禿のみならず屋台の隅で飲んでいる」の流れをひいていると思う。

この間、吉田満の「戦艦大和の最後」にふれて、<狐>さんが、吉田満は、あの文体で、「戦艦大和」を書いたが、あの文体では、戦後の日常をかけないと表していた。
そうなんだ、あの文語で、悲劇はかけるが、お笑いはかけない、と自分なりになっとくする。

短歌の「けり」「なり」でとまる歌を読んでいると、おいおい、君たちは、「悲劇」「過去」を詠んでいたいのかい、と思ってしまう。

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コメント

文学にも造詣の深い、悠さんに、こちらでも教えていただくことがいろいろあって嬉しいです。「けり」「なり」、なるほどなぁ、と思いました。そうそう、「精神科医の覚書」という本、入手して読み始めました。文字が小さくて、少々難儀しています。(^^;)

投稿: あかん隊 | 2007.02.13 02:05

■あかん隊さん、こんにちは。
ねぇ、文語体で今、はなせませんもんね

「覚え書き」ほんとだ、注の字ちいさいですね(;_;)

投稿: 悠 | 2007.02.13 14:08

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