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2007.03.11

ソウル市民昭和望郷編

第二次世界大戦前の、1929年ブラックマンディ(アメリカ発株価大暴落の日)、朝鮮で、文房具店を営む一家のできごと。長男は精神病院から退院してくる。父母は、満州の支店の視察に行っている。姉は、アメリカ帰りの婚約者がいて、その婚約者は、文房具店の経営状態をチェックしている。朝鮮出身の書生は、京城帝大をでて、高文試験に合格している。
家には、日本人の女中、朝鮮人の女中がいる。

日本人の家族は、朝鮮人を大切にあつかっている。でも、そのなかにあらわれる、差別意識。

たとえば、居候の叔母は、書生に「10円50銭っていってごらん、これ、いえないと、関東大震災のとき、殺されたのよ、朝鮮人だって」、と、どきりとする発言をする。

朝鮮人の女中は、台所で、ラジオからながれるアリランにあわせ、しずかにおどる(ここ、本当に哀切)。
これほど、リベラルな家族が、もつ、意識。これを明らかにしとかないと。

この間、英会話で、写真を裏返して、何かをあてるゲーム。知ってる人は「yes no」で答える。「食べられるものですか?」って質問したら、これだと、各民族で、食べられるかいなかの基準が違うので、質問としてはまずい、インドで牛はたべられない、蛇を食べる民族もある、アナゴを食べない民族もある、、、、。そうか、こんなとこまで、偏見があるんだ、小さなことだけど。

アフタートークで、作者の平田オリザが、「劇はメッセージじゃない、劇は、私が考えた世間の構造を提示する、そういうものだ。この劇で、《戦前にもあんなやさしい、日本人がいたんですね》という感想をもらうけど、誤解されるのも含めて、私は賭けだと思っている。それが、現代の表現、誤解されるリスクなしに、表現は可能ではない」と話されていて、本当に共感した。

劇で表現されていない、構造こそが問題だ。そういえば、観客の想像力の中でしか、像をむすばない、能舞台に、この劇の舞台は似ていた。

「ソウル市民」「ソウル市民1919」「ソウル市民昭和望郷編」のうち2作はみた。ソウル市民だけみてないんだけど、どこかでやらないかな^^;

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