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2007.07.14

腑抜けども悲しみの愛をみせろ

命題が人にとりつくと、
たとえば「家族は家族のことを気使わなければならない」
「兄は、妹を守らなければならない」
「親は、子供のためにだけ、生きなければならない」

「女優としての才能をもっているのだから、この才能を花さかせなければならない」
「夫婦はなかよくしなければならない」

その命題が正しいものとして、その命題以外の生き方を許されないとしたら。

という狂気のような世界が、原作にはあったけど、映画では、自然描写がはいったりするので、すこし、ぬるくなっていたかな?。

この映画をみていると、この間の坂手さんの「いとこ同志」もそうだったけど、もう、昔の家族生活がなつかしくはなるが、もう、そんな生活は、もどらない。

だって、一人っ子の子供が一人っ子だったら、「いとこ」ってのが、もう、なくなってゆく。
映画のように、妹が書いた漫画を、村人全員が読んでいるってこともないだろうし。

映画表現として、現実に進行している物語を、漫画のコマの中の物語に置き換えてゆくってのが面白かった。これって、昔、大島渚が、「カムイ伝」をそのまま映像化したのより、シュールだ。

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コメント

悠さん、こんにちは♪
原作も映画もご覧になったんですね~。
能登の自然が背景にあるだけで、あの家族のドロドロは少し「ぬるい」感じになっていたのかな?
そっかー、少子化で一人っ子が増えると、「いとこ」なんていなくなっちゃうんだ~。
寂しいことですね~。
「私は人とは違うんだ」っていう思い込みを持てるのはある意味すごい才能だと思うんですよね。
そのあと現実を見極めることも必要にはなってくるんだけれども・・・。
「私なんて・・・」っていう負け犬的発想をしてしまう人間としては存外澄伽のような人物がちょっとまぶしかったりします(笑)

投稿: ミチ | 2007.07.19 17:47

■ミチさん、こんばんは。
「自分に才能がある」と、才能があろうが、なかろうが、思うことがあって、世間の評価だけじゃない、ちがうところは、しかし、時代がかわれば、才能が輝くこともありますし。ゴッホしかり、ゴーギャンしかり、ですもんね。
舞台にたつ前は「おいらは最低だ!」と思い、舞台に一歩でたとたん「おいらは名優だ、観客ども、おいらの演技をみな!」と夜郎自大に思ってしまう、おいらは、澄伽@さとエリに乗り移ってました(暴)。

投稿: 悠 | 2007.07.19 21:47

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