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2007.08.01

『歩きながら考える 』

五柳叢書、川村毅作。
川村毅は、第三エロチカの主宰者(っても、川村さんの舞台はみたことがない^^;.
この五柳出版社、この間、紹介してもらった本「速度の花」の出版社でもあった。

日本の現代演劇史がざっと頭にはいる。
本を参考に整理してみると、

新劇==これは、まーシェイクスピアなんぞを、日本人が、イギリス人ににせ演じて、舞台をつくる。
鼻にパテつけて西洋人にみえるような、苦労をして。
で、西洋人の悩みが、日本人にわかるわけなどないけど、なんとか、これを日本に根付かせようとしていた。
日本の民主主義も、西洋を理想にして、西洋にちかずこうとしていた時代に重なるか。

反新劇==唐十郎、寺山修司、黒テント(佐藤信) 
ちょうど学生闘争華やかなりし時代。西洋のマネしてるのっておかしくねぇ、民主主義って、西洋型だけでなく、日本人にあった型があるんでねぇかいってな時代。

東北の田舎にねざしたような暗黒舞踏、四国土佐の「絵金」のおどろおどろしい、絵が評価されてた。そういやぁ、全共闘のゲバ棒って、戦前の竹槍でたたかう姿ににてるかもしれぬ。

つかこうへいの時代=ギャグ、ダンス、ソングを入れて、社会風刺のきいた劇。

で、川村さん、第三舞台(鴻上尚史主宰)、その後、坂手さん、平田さん等たち。新劇も、アングラ劇もなく、芝居としてみられる時代の到来。

自民党一党支配は、民主主義ではない、遅れている、と、言われていた。

が、自民党のなかで、国民の流れをよんで、それにふさわしく、ころころかわる政策をとる。
これはこれで、国民の意思を反映する民主主義ってシステムではないか、ってな理論もでてきていた。

演劇も、社会のながれと連動してるんだと。

最近、カラオケで、台詞の練習してるんだけど、時間があまったとき、一人カラオケしてて、気がついた。
気に入った歌、みゆきさんとかの歌が、歌えない。歌えるのは、演歌ばかりだ。で、この演歌、とても、歌詞がなんともなんだ。

歌詞をなんとかしてくれい、と。

これって、西洋の芝居=新劇のあと、アングラ、つかさん、川村さんらの努力で、日本の現代を表現する劇となっていくんだけど、演歌の歌詞を現代的に書く人がないんやろうか。

それとも、演歌は、新派が廃れていくように、すたれるのだろうか。

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コメント

阿久悠さんが亡くなりましたね。
阿久さんは歌が新しい時代を模索して行くんだと考えていた作詞家でした。
阿久さんの歌の主人公たちは、一歩進んだ愛、恋、失恋、別れを歌っていました。
以前、読売新聞に連載されていた文で記憶しているのは、一番、気に入っていらしたのは確か、北原ミレイさんの「ざんげの値打ちもない」だったと書かれていたこと。

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/fu/news/20070802k0000m040065000c.html

川村毅さんの舞台は『わらの心臓』のみ観たことがあります。
戸川純ちゃんを目的で行ったのだけれど、主演は吉田鋼太郎さん。
オウムに題材をとったものでした。
繊細な感じでしたね。
第三舞台は一時期たくさん観ました。
第三・・・て劇団のあり方が、宝塚に似てた・・・入り待ちして出待ちして役者さんがファンにとってはカリスマ。
鴻上さんはそれがイヤで(イギリス公演の借金もあったみたいだけれど)劇団を休止して、その間に勝村クンは蜷川さんの方へ戻ってしまったので、結局観なくなりました。
鴻上さんは言葉に対して一種の天才めいたところがあって、好き嫌いはともかく引き込まれましたね。
それでもデビュー作の『朝日のような夕日をつれて』を越えるものはない気がします。

投稿: お絵描きぺんぎん | 2007.08.02 07:33

お芝居に関しては、わからないので何とも言えないのですが、アングラ劇というのは、観たことがあるような気がします。何がなんだか、わかりませんでしたが。(^^;) 安保闘争って、60年代なんですね。意味もよくわからないまま「あんぽ! はんたい!」なんてフレーズを口にしていたような気がします。

中島みゆきさんの歌は、結構むずかしいですね。歌うとなると…。演歌は、メロディラインがほぼ定番化していて、次にどの音がくるかが、わかりやすいと思います。サビの部分もきちんとしているので「歌い上げる」には、気持ち良いはず。
歌詞も、使われているフレーズが似たり寄ったりですね。純粋な演歌とはいえないかもしれませんが、「夏川りみ」の歌う曲の歌詞は、比較的現代的かもしれません。時代に受け入れられるとか時代を先行するとか、そういうイメージはすでになくて、懐かしむ歌詞になっているのかな、とも思います。

作詞家が作詞するより、自分で作詞してしまう歌手が多くなって、費用対効果の面でも(CD自体が売れない)後者の方が良いわけでしょう? 音楽業界にとっては、大きく変容を迫られる厳しい時代になっていると思います。

投稿: あかん隊 | 2007.08.02 12:08

■ぺんぎんさん、こんにちは。
「あれは、二月の寒い夜♪」ですよね。
アングラが演劇革命なら、阿久さんとか、なかにし礼さんは、歌詞革命みたいなもんでした。第三舞台も、第三エロチカもみてないんですよ。このころは、さる歌手の追っかけをしてたような(笑)。

投稿: 悠 | 2007.08.02 17:46

■あかん隊さん、こんにちは。
みゆきさん伝説の中に、「身内のなかに全共闘がいた」ってのがあるんですよ。
そういえば「私たちの船は 永く火の海を沈みきれずに燃えている」@誰のせいでもない雨、とか、「黒白フィルムは、もえるスクラムの街」@ローリングとか、あの時代をうたってるって思う歌があるんですよ。

作詞と作曲、効果なら別々の人がと思いますけど、おいら。

投稿: 悠 | 2007.08.02 17:59

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