書で解く日本文化
石川九楊、毎日新聞社、2004.2.1
「漢倭奴国王」これを57年に授かっているとすると、これを読めた人、これが意味することがわかっていた人が日本列島にいたはずだ。皇帝が国王に任命することの意味をわかっている人、中国政治にくわしい人がいたはずだ(そりゃ、そうだべ、中国まで旅行したおとっつあんに、皇帝が、「うい奴じゃ」ってくれるもんではないですわね)。
ってな、刺激的文書からはじまり、中世の禅仏教の役割は、「文官」を養成するところであった(貴族、武士なんかに、官僚の役割はつとまらんわな〜)。
中国の文人というのは、科挙にとおった政治家が、隠遁、左遷されたときに、文学趣味に遊ぶことをいい、日本のように、最初から都市の無生産階級であった文人とは意味がちがう(そーなんだ!)。
これを読んでいると、日本ってほんと、中国の属国だってのがわかる。禅宗寺院は、中国の亡命者、中国への留学僧によって気づかれており、これが、文化をになった。禅、茶道ー華道などもここから出てきた。(能の台本だって、中国仏教を抜いてしまうとなんにものこらないんじゃない??)。
ただ、日本の偉大な発明は、「仮名」。これあればこそ、明治維新の革命後、中国から西洋文明への乗り換えがうまくいったそうだ。
西洋の専門語を漢字で作り出すことができた。
名詞+動詞の「名詞」を漢語から西洋語にいれかえればすんだ。
すでに、圧倒的先進国のことば漢語を取り入れた経験があった。
仮名によって、西洋語を中性的に受け入れられた。
(「口可口楽」(これ中国の場合)ってより、「コカコーラ」と表示できた)
昨日みた芝居「駅・ターミナル」は、西洋をモデルに国家をデザインした伊藤博文と、7歳にして、アメリカの家庭学校教育をうけるべく留学した津田梅子(津田塾大の創始者)のディスカッションドラマでしたけど。同じ漢字文化圏であった韓国の場合はどうだったんだろうな?
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