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2007.11.05

三丁目の夕日@続

吉岡秀隆くん、うーーーん、なさけない男をえんじさせれば、いま一番じゃない。
でも、これがもてるんだよね。
おいらも、みならわなきゃって、単なるなさけない男になっておわりだけど(笑)。

東京って、昔の写真をみてると、家の前に肥たごをおいてたのをみたことがあるんでけど(だって水洗便所になったのってずっとあとでしょ)。

おいらは、小学校か、中学校の卒業旅行は、東京旅行だったはずだけど、そのとき、東京タワーに登ってるはずだけど、記憶がなにものこってない。

映画のなかで、給食費がはらえずに、昼の給食をたべずに、本を読んでる少年がでてくる。あ、こんな時代もあったんだよね。そうだ、そんな時代だったんだ。私らの世代の、大学進学率、男性15%、女性5%ってな時代だったんだもん。

いま、あの時代にもどりたくもないし、あの「お金よりも大切な物がある」ってな台詞は薬にもしたくない。
なつかしいとしたら、あの時代の子供だったときの無邪気さをとりもだしたい、それだけかな。

私たち、団塊の世代(石ころのかたまり、みたいな世代)の後の世代のひとよ、ノスタルジーなんぞを感じてはいけない。

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コメント

> 私たち、団塊の世代(石ころのかたまり、みたいな世代)の後の世代のひとよ、ノスタルジーなんぞを感じてはいけない。

そうだよね。
そう思いました。
なんか違うよって。
私ら見てもぜんぜん懐かしくない。
って私は一昨日テレビで見たんですけど、古いやつを。

投稿: かと | 2007.11.05 03:50

□かとさん、おはよう。
でも、東京での話だから、おいらが育った田舎とはだいぶちがうのよね。
なんだろうな、なつかしさとはちょっとちがうような感情がわくんだけど。

投稿: 悠 | 2007.11.05 07:56

団塊の世代にぶら下がってる世代の私
すごっく、嬉しいような懐かしさが感じられない

それよりも琵琶湖博物内の当時の家屋の展示のほうが、
わくわくする田舎モンの若いわたし、ふへへ

投稿: b | 2007.11.06 11:10

■bさん、こんばんは。
えっ、下の世代だったんですね。年齢わすれてるもんで、自分のも。
琵琶湖博物館の、家屋ですか、2回ほど、みてるんですけどね。記憶にのこってない^^;。

投稿: 悠 | 2007.11.06 23:27

三丁目の夕日の時代は24歳でしたので記憶も鮮明です
ダイハツミゼットもリアルタイムで見ているし
マツダやくろがねのオート三輪も見ています
乗用車は外車が多かった
現天皇陛下皇太子ご成婚のときは
列車の線路脇で万歳を叫びました
住まいは東京ではないので東京タワーは
近くでは見なかったがすでに某電機メーカーに就職していたので毎日が忙しかったです、徹夜で図面を引いたりしていました東海道線に新湘南電車が走っていた頃です
三丁目の夕日の鈴木オートがどう発展するか楽しみです
鈴木オートってホンダ技研をモデルにしているような気がしてならないのです

投稿: おじん | 2007.11.22 18:32

□おじんさん、こんばんは。
ダイハツミゼットは、大村コンの「番頭さんとでっちどん」ってTVで、「ミゼット」って宣伝してるのを覚えてるだけでして。
>鈴木オートってホンダ技研をモデル
漫画では、そうみたいですよ。


またよろしくです。

投稿: 悠 | 2007.11.22 22:06

悠さんコメントありがとうございます
原作を見てはいませんが
やはりそうですか
私の推測が当たってうれしいです
いつかは鈴木オートの社長の夢が実現するんですね。
ダイハツミゼットの時代はマツダや
ジャイアントコニーなど軽トラックがいくつも売り出されていましたところで子役の持丸加賀が出演していたんですね。
釣りバカ日誌の鯉太郎役の、続編でもでるんですかね。
今度は注意して見るつもりです
続編の放映はいつになるんでしょう一日千秋です。

投稿: おじん | 2007.11.23 19:51

夕日町ってどこにあるんでしょう
東京タワーがあの大きさに見えるということは
港区のような気がしますがだとしたら
下り東北本線の汽車の右側に見えるはずはないし
汽車からあの位置に見えるとしたら
現東京タワーではなくこれから建てる新東京タワーの位置に近い
もし港区なら茶川商店でSLの汽笛の音は聞こえない
鈴木オートがホンダ技研のモデルなら
そのころはオートバイのベンリー125ccのエンジンが
4サイクル2気筒に進歩したころだ
ミゼットは「てなもんや三度笠」で宣伝していた
藤田まことが「おれがこんなに強いのも
アタリマエダノクラッカー」という名コピーで
たしか日曜日の夕方の番組だったと思う


l

投稿: おじん | 2007.11.23 21:16

■おじんさん、こんばんは。
>ミゼットは「てなもんや三度笠」で宣伝していた
あたりまえだのクラッカー、みてましたよ。
ミゼットの宣伝もそこでしたか。
そのころもいまも田舎暮らしなもんで、放映日はおぼえてないんですよ(^^;)
昔は、伯父さんちにあつまって、近所の子供がtvみてました。月光仮面とか(笑)。
>アタリマエダノクラッカー
なつかしいです。

投稿: 悠 | 2007.11.24 00:58

初期のミゼットはまるハンドルではなく
オートバイのようなつのがたハンドルだったように
覚えています
ミゼットより大きい2トン積みくらいのオート三輪がありましたこれには丸ハンドルとつのがたハンドルがありましたが
丸とつのがたでは免許が違ってていました
荷台後部にハンドルの形状を表す○とか▽の記号が書かれていました
昔の狭い路地は両側にドブがあったので
前輪1輪の3輪車の方がドブに落ちなくて
うんてんが楽だったのです
私は真冬に東京から茨城までオート三輪で移動しましたが
足元から吹き上げる寒風で足がしびれました
荷を満載すると舵の利きが悪くなるので怖かったです。
このオート三輪は東南アジアでまだ活躍しているみたいですね。


投稿: おじん | 2007.11.24 15:19

テレビは白黒だった
オリンピックの年あたりから
カラー試験放送が始まった
白黒画面の右下隅にカラーの文字があって
カラー放送番組であることがわかっていた
カラーテレビは明るさがイマイチなので
テレビ売り場はカラーテレビの売り場だけ
照明を暗くして売ったものだ
ただしソニーのトリニトロン方式は
画面が明るかったので
照明を下げていなかった
その後東芝がブラックマトリックスを開発し
発光面積を増やしてシャドウマスク式でも明るさで引けを取らなくなったので今のように明るい売り場で並べて売られるようになった

投稿: おじん | 2007.11.24 18:06

□おじんさん、こんばんは。
え、すごい、ミゼット運転されたことがあるんですね。うちの田舎は、道路も舗装されてなかったような。
TVのカラー放送は、初めてみた番組がおもいだせないんですよ。オリンピックから後のことなんですね。

投稿: 悠 | 2007.11.24 19:32

カラーテレビはオリンピックが引き金になって
普及したんですね。
つまりオリンピックは
電機業界にとって
救世主だったわけで
そのころのカラーテレビの価格は
20インチが主流で
20万円くらいしました
もちろん薄型なんてなかつた
床の間に飾るような
大型だったんです

投稿: おじん | 2007.11.25 06:23

番組のタイトルは忘れたが
たしか大橋巨泉と前田武彦司会のバラエティ番組で
翌日会社で話題になった
誰かが「アット驚くタメゴローのハナ肇のサングラスは
ムラサキ色だった」なんて話すと座が白けたりして

投稿: おじん | 2007.11.25 07:23

□おじんさん、こんにちは。
そうそう、屋根にTVのアンテナが高く取り付けてありました。きっと、ステイタスシンボルだったんでしょうね。

「ゲバゲバ90分」じゃなかったですか。タメゴローは。
サングラスの色まで、よくご存じですね。

昔の話は、やっぱり、しらけますか(^^;)。

投稿: 悠 | 2007.11.25 13:34

悠さん コメントありがとうございます
少し説明が足りなかったです
昔の話にしらけたのではなく
当時はソイツ以外にカラーテレビを持っていなかったからです
カラーテレビを持っていることをハナにかけやがって
としらけたのです
ごめんなさい

投稿: おじん | 2007.11.25 13:55

□おじんさん、こんにちは。
そうでしたか、カラーTVをもってるってのが、すごいことだったんですね。当時(^^)。

投稿: 悠 | 2007.11.25 15:13

三丁目の夕日で一番いいシーンは
石崎ヒロミが茶川竜之介から見えない指輪をもらって
光に当ててうっとりするところ
あのシーンが一番ロマンチックだった
ストリップ劇場の屋上でも
指輪を日にかざして見るよね。
あれそれほどいいとは思わなかった

投稿: おじん | 2007.11.25 18:48

□おじんさん、こんばんは。

あのシーンよかったですよね。

「あなたは、未来の指輪がみえますか?」って題名で、このブログで、前作の感想を書いてます(どうやって引っ張りだすのか、わからないんですけど)。

投稿: 悠 | 2007.11.25 23:23

映画の冒頭で
模型飛行機を飛ばすシーンがある
これワンカットで撮っているみたいだが
よく飛んでいた
私もガキのころは
飛行機を飛ばしたが
風に乗って近所の川の真ん中に
落ちてしまつて
口惜しかったことがある。
あの飛行機はA1型といい
胴体が一本の木材のため
一本胴と呼んでいた
制作が容易で安価なモデルであった

投稿: おじん | 2007.11.26 07:36

鈴木オートに三種の神器のひとつ
電気冷蔵庫が入って
古い冷蔵庫が捨てられたのをみて
氷屋のおじさんが自分の商売に明日がないことを
悟ると言うシーン
細かいところですが
よくでていますね。
テレビが入って近所の人たちが集まって
プロレスに興奮するシーン
タクマ先生まで興奮して
懐かしいですね。
本当にあの通りでした
夜になるとよく街頭テレビを
見に行ったものです
町内にテレビは1台しかなかったです

投稿: おじん | 2007.11.26 09:04

茶川竜之介が吸っているタバコ
今と違ってフィルターがないですね。
あの頃は両切といってフィルターがなかったんです
いま両切りタバコは売っているんでしょうか
鈴木オートの社長はシンセイを愛用しているようですね。
シンセイは20本で40円でした
フィルターつきは30年台後半だったでしょうか
あと淳之介にクリスマスプレゼントがきて
茶川竜之介が「なんだって」とわざとらしく
驚くところがおもしろいですね。

投稿: おじん | 2007.11.26 13:51

□おじんさん、こんばんは。
>街頭テレビを
って都会ですよね。わたしらの田舎にはなかったです(^^;)
一台のTVに何人か近所の人があつまってたってのは一緒でした。
タバコのフィルターのないものって、ピーカン、ってのがありました。たばこの値段、すっかり忘れてます。

投稿: 悠 | 2007.11.26 20:11

悠さん今日は
ピーカン(缶入りピース)は知っています
いまでも両切りですかね。
あのタバコのファンは多いんですよね。
たしか50本入りでしたね。

投稿: おじん | 2007.11.27 07:57

タクマ先生が乗っている
スクーターはラビットジュニア
で125cc2サイクル単気筒だ
富士重工製で兄貴分に
ラビットと言うのがある
これは250ccクラスで
スーパーフローというのがあった
これは流体変速機付で
なんとエアサスだった
ジュニアは2段変速で
そもそもスクーター
というものは旧日本軍の
飛行機の車輪を転用したものであった
ジュニアのエンジンは2サイクル
で燃料はガソリンと潤滑油を15;1程度に
混合した混合ガソリンをを使った
昔はどこのスタンドでも
混合ガソリンをを売っていたが
今はすべて分離給油になったので
スタンドでは容易に給油できない
そうそうミゼットも混合油のはず

投稿: おじん | 2007.11.27 18:44

□おじんさん、こんばんは。
すごい!、くわしい!ですね。

ラビットは聞いたことがあります。間違ってたらごめなさいですけど、月光仮面がのっていたのはこれじゃなかったですか?


投稿: 悠 | 2007.11.27 19:16

月光仮面が何に乗っていたかよく知りませんが
ラビットの90cのモデルではなかったでしょうか
ニックネームは知りませんが
車輪が中途半端におおきいもので
性能もそんなによくはなかったです
性能面で言えば今の50ccの原チャリのほうが高性能です

投稿: おじん | 2007.11.27 19:52

□おじんさん、こんばんは。
>今の50ccの原チャリのほうが高性能
ひゃ、子供のころは、さっそうてしてたんですけどね。いゃ、かえすがえす、お詳しい知識と記憶力に脱帽ですm(ーー)m

投稿: 悠 | 2007.11.27 21:46

悠さん毎度コメントありがとうございます
私は古いことは覚えているのですが
夕べ何食べたかは良く覚えていないのです
バイクに詳しいのはバイクが好きだったからです
月光仮面より少年ジェットというのがありました
この少年ジェットが乗っていたのが
ラビットの90cだったかも知れません

投稿: おじん | 2007.11.28 07:16

上野駅に着いた列車はどうやって折り返すか
上野駅はターミナルステーションです。諸外国のターミナルステーションと同じ日本では珍しい櫛型のホーム配置成になっています。
ここに到着した列車は行き止まりなため逆方向には発車できません。
そのためそのまま逆方向に戻り、待機していた青森方を向いた蒸機に連結して、牽引してきた蒸機は切り離し下り用の蒸機で後ろ向きに押して入線するのです。
そして客を乗せて青森方に発車するのです。
蒸機は向きがあるので手間がかかるのです。
その後ディーゼル車や電車に置き換わったためこんな手間はかけなくても済むようになりました。 牽引してきた蒸機は尾久まで戻り転車台で向きを反転し燃料や水を補給して次の役務に備えます。
電車やディーゼル車だと到着後数分で折り返し発車できます。
乗務員の移動だけで済みますから。
この文もし詳しくご存知の方いらっしゃったら、ご指摘ください。


投稿: おじん | 2007.11.28 15:28

テレビアンテナの話
アマチュア無線をやっている友人が
屋根に大きなアンテナを建てました
近のおばさんが「ずいぶん大きなアンテナですね。
きっと良く映るんでしょうね。』と言われたので
其の友人が答えるに「ええテレビが大きいからね。」
このプログの読者はこの話のオカシサがおわかりでしょうね。

投稿: おじん | 2007.11.28 18:55

テレビアンテナの話パート2
わたしの住まいは横浜市の最も東京よりの区です
テレビ電波は比較的強い地域ですが
町の電気屋さんはテレビを売るとき
不必要な高感度のアンテナを薦めたものでした
本当は3素子で済むものを5素子以上の八木アンテナを
売りつけて儲けていたみたいです。
現在はマンションが立ち並びゴーストなど
でるのでほとんどケーブルにになりましたが
テレビアンテナは鳥の巣に開放して
ケーブルテレビに加入しよう言うアメリカの
キャッチコピーがあったと言う話を聞いたことがあります。


投稿: おじん | 2007.11.28 20:14

茶川竜之介が使っている万年筆は
キャップの頭に白い印がある
あれってモンブランかな
私の万年筆はペリカンだけど
あの頃はまだカートリッジ式はなかったと思うけど
インクは吸い込み式かな
淳之介にプレゼントした万年筆は国産なのかな
巨泉が「ミジカビのキャプリキとればスギチョビレ
スグカキスラノバッバフミフミ」というパイロットのコピーがあったけどその品種ではなく標準サイズだね。
私はなんでこんなこと覚えているのかな

投稿: おじん | 2007.11.28 20:28

□おじんさん、こんばんは。
すごい記憶力ですよ。おじんさん!!
モンブランはわかりましたよ。巨泉さんのCMは、いわれれば思い出しましたが、なんの宣伝のだったかわすれてますよ。
少年ジェットを思い出しましたよ、ありがとうございます。

投稿: 悠 | 2007.11.28 21:49

悠さんコメントありがとうございます
昔のことは良く覚えていますが
車のナンバーとか電話番号をおぼえるのは苦手です
巨泉のCMはそのころから短い万年筆が流行りだしたのです
それでミジカビノ・・・というわけだったのです
いま万年筆のCMは見られなくなりましたね。
作家もパソコンで原稿書いているようですし
筆記用具ならボールペンのほうが手っ取り早いし
ではでは。

投稿: おじん | 2007.11.29 07:56

巨泉のCMを訂正します「ミジカビのキャプリキとればスギチョビレ
スグカキスラノバッバフミフミ」というパイロットのコピーバッバフミフミでなくてハッパフミフミでした
ハッパフミフミの意味を問われると書き味最高と答えていました
間違った情報ごめんなさい

投稿: おじん | 2007.11.29 19:07

鈴木オート宅で
テレビを披露したとき
故障しますね。
龍之介が
わからないまま分解してしまう
電気屋がテレビを引き上げたあと
鈴木オートの社長が『お前のはな文学だけ
やってればいいんだよ」といいます
お前のの"の"はお前のやることといえば
の"の"なんですね。「お前はな」より意味が深いです
たった一字なんですけど

投稿: おじん | 2007.11.30 07:03

□おじんさん、こんばんは。
「おまえのはな」は、「おまえの(仕事)はな」の()内がない形ですよね。名詞がはいるんだとは思うのですが、みているときは、気がつきませんでした。
指摘してもらって、気がつきましたが、そうですね(^^;)

投稿: 悠 | 2007.11.30 17:21

一平が高円寺に行ったとき
母親が外に向かって『一平ご飯よー」
と呼ぶシーンがあります
昔は本当にこの声があちこちから
聞こえました
今のジャリは腕時計やケータイまで
所持しているので
こんなシーンは見られませんね。
隔世の感があります
だいたいゲームに夢中で外で遊びませんから

投稿: おじん | 2007.11.30 18:08

「お前のはな」の「な」は脚本家がこだわった
部分でしょうね。
原作ではどう書いてあるのでしょうか
こういう日本語は好きです

投稿: おじん | 2007.11.30 18:19

「続三丁目の夕日}のCMが流れていますが
一平が家の近くまで来ると鼻をくんくんさせて今日はカレーだ
私の家は下町にあるのでこのシーンすごくわかります
今でも横丁を曲がるとカレーの臭いがするとうちのおかずは
カレーです、匂いと言うのは空中に拡散しないのですね。
まるで地上波デジタル放送のようです。
私の鼻は干支のせいか感度がよくて
臭いには敏感です
その代わり女性の心理には鈍感です

投稿: おじん | 2007.11.30 20:20

山藤で温水洋一ら飲み仲間とタクマ先生が飲んでいて
タクマ先生が帰りがけにやきとり数本注文しますね。
「娘の好物なんでね」と言います
ところが温水陽一と其の友達はタクマ先生の家族がすでに空襲で死んだことを知っているのですね。
タクマ先生が注文したときなにも言わないのは
映画のストーリー上言わせなかったんでしょうね。

投稿: おじん | 2007.11.30 20:29

■おじんさん、おはようございます。
映画の、いろんなところを、自分の体験とてらしあわされてるんですよね。すごい。
>女性の心理には鈍感
茶川さんと同じってことで(^^;)

投稿: 悠 | 2007.12.01 08:28

悠さん毎度コメントありがとうございます
私がシナリオライターだったら
女性に「あなたってホントに鈍感なんだから」
と言わせます

投稿: おじん | 2007.12.01 14:39

テレビをテレビと呼ぶようになったのは
何時からだろう
初めはテレビジョンと呼んでいた
テレビジョンはテレ・ビジョンであって
テレビ・ジョンではない
英語ではTVと省略する
三丁目の夕日では
冒頭から「テレビ、テレビ」と子供たちが
連呼しながら帰ってくるが
あの当時テレビをテレビと呼んでいたか
どうかはっきりしない
新幹線を開発したことを扱った映画では
技師長が前国鉄総裁と電話で話すとき
「いまテレビジョンで見ました」と言っていた
昭和38、9年頃はまだテレビジョンと呼んでいたらしい


投稿: おじん | 2007.12.02 07:48

淳之介の父親川渕康成が
竜之介が出したお茶を見ただけで
飲まなかったですね。
そのお茶茶色で濁っていて
いかにも不味そう
もつと薄くして出せば
飲んだんでしょうね。
『佐竹どうだコイツモノになると思うか」
「それは社長の血を引いているわけですから」
との返事で満足そうな顔する川渕康成
もしかして川渕には男の子がいないんでしょうね。
だから淳之介に大きな期待をかけたかった

投稿: おじん | 2007.12.02 08:20

ライスカレーとカレーライス
いつから呼び名が変ったのだろう。
あの当時は確かにライスカレーと言っていた。
一説によると平らにならしたご飯の上にカレー汁をまんべんなくかけたものがライスカレーで、今のようにご飯とカレー汁の海が分かれたものが、カレーライスだという。
いまでもライスカレーとして売っている店があると聞く。
私の勤務していた会社の社食ではライスカレーは30円だった。
映画の中でのライスカレーは見た目は確かにライスカレーに近い。
当時カレーはレトルとはもちろんカレールウもなかったので、カレー粉から作ったので手間がかかった。


投稿: おじん | 2007.12.02 10:45

□おじんさん、こんにちは。
TV、田舎のこどもは、「テレビ」って言ってたような記憶です、「テレビジョン」っていいにくいですもん(^^;)
茶川さんは、お茶もうまくいれられないほど、不器用なんでしょうね(笑)。

ライスカレーが30円!でしたか。
わたしが、最初に食べたカレーは、カレー粉プラスうどん粉でつくってたんでしょうね。

投稿: 悠 | 2007.12.02 11:19

悠さん今日は
>>茶川さんは、お茶もうまくいれられないほど、不器用なん>>でしょうね(笑)。
ツーカお茶の品質が悪かったんでしょう
わたしがある会社にいた頃新卒の女の子が入ってきて
おそるおそる私に尋ねました
「あのーお茶っ葉ってどのくらい入れるんでしょうか」
世のお母さん達娘さんがいらしたらお茶の葉の分量くらい教えておいてください。

投稿: おじん | 2007.12.02 14:08

悠さん毎度どうも
>>茶川さんと同じってことで(^^;)
茶川竜之介ほど文才がありません
「私は時計の針とともに幸福がその両の手からみぼれ落ちて
行くのをじっと見守っていた」なんて文はとても書けません
ところで茶川竜之介は淳之介のアイデアを膨らませて
流行作家になるんですね。
この部分だけ原作を読みました
歯医者の待合室に雑誌がおいてあったもので

投稿: おじん | 2007.12.02 14:24

映画に出てくる氷冷蔵庫はそれほど普及していまませんでした
会社の先輩が電気冷蔵庫を
備えていて冷えたリンゴごを
出されて感激したのを
覚えています
当時の冷蔵庫は
冷凍室なんてなかったので
アイスクリームは保存できなかったのです
シュークリームは保存できましたが

投稿: おじん | 2007.12.02 16:33

映画の冒頭で飛んでいる蛾をトカゲみたいな動物が
パクリと捕まえて食べるシーンがありますね。
あれは地方の人に東京は怖いところだと
教えているんですかね。
上野の駅前にはこのトカゲみたいな人種が
ウロウロしていたらしいですね。
私の居た会社では九州からの金の卵たちを
飛行機で運んだという話があります。
鉄道だと関西のネオンに誘われて
途中下車してしまい
関東に着くまでに目減りしてしまうとのことでした

投稿: おじん | 2007.12.02 20:21

"イカス"と"イヤナカンジ"
当時の流行語でした
いやな感じは出所がわかりませんが
"いかす"の方は故フランク永井のヒット曲
の歌詞の1フレーズ「いかすじゃないか西銀座駅前」からでたものです
いまならさしづめ流行語大賞ものですね。

投稿: おじん | 2007.12.03 07:35

少年マンガ雑誌出回る
少年漫画雑誌を大のオトナが読み始めたのは
このころです
一番驚いたのは会社の図書室に「少年ジャンプ」のような
雑誌が常備されたことです
初めは誰か借りだして自宅の子供にでもよませるのかとおもいましたがそのうちオトナが読む物と知りました。
三丁目の夕日も原作はマンガですが
大のオトナが少年マンガ雑誌を読む
のは今でも抵抗があります

投稿: おじん | 2007.12.03 08:10

□おじんさん、おはようございます。
>関西のネオンに誘われて途中下車してしまい
ほんとですか(^^;)
フランク永井は「有楽町であいましょう♪」でしたよね。
>三丁目の夕日も原作はマンガですが
これが連載されている雑誌は、大人向けなんですよ。ときどきいく喫茶店においてあり、読んでます。
>「あのーお茶っ葉ってどのくらい入れるんでしょうか」
お茶の入れ方ってむつかしいですよね。っても、お茶くみもは女子社員の仕事にあらずって、風潮になってきてそうですね(^^;)

投稿: | 2007.12.03 10:03

カレーで思い出したこと
カレーを簡単に作るためカレールーなる物が売り出されましたカレースパイスやトロミの材料をまぜて脂肪で固めたもの
具材を煮てルーをおとしてかき混ぜるだけで
カレーが出来る優れものです
いろいろなメーカーが一斉に開発してテレビコマーシャルを
流しましたあるメーカーのcmソングに「ジャガイモは入れないほうが美味しいのよ」というフレーズがありました
どこのメーカーだか忘れましたがこのメーカー
どういうわけかジャガイモを毛嫌いしていたのです
『インド人もびっくり」というコピーも有名でした
今はジャガイモはカレーの具として定番です。
ジャガイモを毛嫌いしていたメーカーは
この現状をどう見ているのでしょうか

投稿: おじん | 2007.12.03 14:46

>フランク永井は「有楽町であいましょう♪」でしたよね。
済みませんが違うようです
曲名は「西銀座駅前」で
作詞佐伯孝夫で1番にあります。
ABC・XYZ
これは俺らの 口癖さ
今夜も刺激が 欲しくって
メトロを降りて 階段昇りゃ
霧にうず巻く まぶしいネオン
いかすじゃないか 西銀座駅前
とあります

投稿: おじん | 2007.12.03 20:21

□おじんさん、こんばんは。
>ジャガイモは入れないほうが美味しい
そんなCMあったんですね。

「有楽町。。。」ちがってましたか、残念(^^)。
ABC・XYZ、、、、あ、これ聞いたことありますよ。

投稿: 悠 | 2007.12.03 21:54

書き込みできません

投稿: おじん | 2007.12.10 13:37

四種目の神器は電気釜だと思います
初期のものは蒸らす時間を稼ぐため
二重釜にして其の間に水を入れ
その水が蒸発するまで炊き上がった
ご飯を蒸らしたものでした
今はマイコンでこの時間を制御しています
電気釜がほかの電化製品と大きく異なる点は
欧米にお手本がなかったことです
輸出仕様のものはおこげができるものも
あるようです
電気釜はあるメーカーの商品名で
JISでは電気式自動炊飯器と呼びます

投稿: おじん | 2007.12.10 13:47

ABC・XYZ
はエービーシーエクスワイジーと歌っていました

投稿: おじん | 2007.12.10 13:50

映画の中でタクマ先生がサンタの扮装するけど
あの費用は誰が負担したのか気になります
もしかしてタクマ先生のモチダシでしょうか

投稿: おじん | 2007.12.10 13:55

昔の洗濯機は攪拌式と言って
タライのような容器の中で
ガチャンコガチャンコと攪拌するだけのものでした
かなり洗濯時間がかかり30分ちかくかかりました
絞り器がないので手てで絞りました
現在のようなタブが縦型になったのは
かなりあとになってからです
初めはパルセーターが一方向だけ回転し
次に自動反転式になって遠心脱水機がついたのです
遠心脱水機がつく前はゴムローラーではさんで絞ったので
洗濯物がノシイカみたいになって出てきました

投稿: おじん | 2007.12.10 14:20

□おじんさん、こんばんは。
電気釜って、ヒット商品ですよね、これと、水洗式トイレがないと、きっとマンションなんてできてないですよね。
むかし、電気じゃない釜でご飯たいてましたもん。女性が働きにでられる環境じゃありませんもんね(笑)。

タクマ先生は、もちだしじゃないですか。さりげなく気をつかわせないって人でしたもん。

>ゴムローラーではさんで絞った
あ、これはしってますよ。
撹拌式は??ですけど。

投稿: 悠 | 2007.12.10 22:16

悠さん毎度コメントありがとうございます
たしかに電気釜、水洗トイレ、エアコン、洗濯機がないとマンションでは生活できません。
でも昔はそれでも生きてきたんですよね。
でもいまもし電気釜がなかったらどうやつて
一つ釜の飯を食うことができましょう
ガス釜は安全に着火する仕掛けにコストがかかっているそうです

投稿: おじん | 2007.12.11 19:35

ワープロソフトで作成した文書はそのソフトの中にあると思い込んでいる人がいます
作成した文書は作成に使ったソフトの中にはありません
普通はマイドキュメントというフォルダの中にあります
マイドキュメントはライスストッカーで作成するソフトは電気釜であると説明すると判る人は判るのです
『お米は生では食べられないでしょだから電気釜と言うソフトで処理すると食べられるごご飯になるんだよ」
と言えば理解します電気釜はお米をご飯に変えることしか出来ないがソフトはご飯をお米に変えることも出来るんだといいます中にはソフトのどこにスイッチちがあるのよとヘリクツをこねるKYなひともいますがそういう人はオチこぼれて頂きます

投稿: おじん | 2007.12.11 20:31

□おじんさん、毎度書き込みありがとうございます。
じつは、ワープロは、東芝のなんとか10というのを(そのときは、350万円しました)をつかって文章をつかってました。
もうすこし前は、600万円以上しまして、「これが、あれか、しゃべると、文書になる機械か?」なんて誤解もあった時代です(笑)。
なんか、ここで、「昭和を語るという」題をたてたい気分です。私は、昭和23年生まれで、その後、いろいろでてきたものに出会っているのですが、すっかり、忘れてます。
おじんさんの書き込みで昔を思い出したいです。
よろしくお願いします。
このブログで、どこまでコメントが書き込めるのかわかりませんが (^^;)

投稿: 悠 | 2007.12.12 01:00

悠さんおはようございます
おっしゃる通りワープロは机ひとつの大きさでした
会社に一台しかなくて
予約して順番待ちで使ったものです。
漢字がプリントされると感激したりして
たしか250万位しました
悠さんは昭和23年生まれですかネズミ年ですか
私の姪と同じです
姪のミルクが配給で牛乳屋まで買いに行き
小遣いをもらっていました
冷蔵庫がないのでいたんだりして
大変でした
その姪もいまは孫がいます
「昭和を語る」いいですね。激動の・・・としたいですね。
サイトに夕日町三丁目のマップが載っていますが
少しおかしいですね。
鈴木オートと茶川竜商店が離れている
こんな離れていては六子が社長から逃げられないです
映画では鈴木オートと茶川商店は向かい合っていますよね、

投稿: おじん | 2007.12.12 08:35

山藤の石崎ヒロミが
初めて茶川商店を訪ねる場面
歩いてくる姿がカッコイイですね。
長めのスカートが左右にゆれて
店の前で立ち止まり
「あらやだ、ほんとうに小さい」とつぶやきます
茶川商店の看板の文字は商の字が11時の方向に傾いている
いまにもつぶれそうな雰囲気です
「センセ、ヒロミでーす」と声をかける
小雪ってカッコイイですね。スタイルもいいし
やはりソンジョソコラのや駆けだしタレントとは存在感が違います


投稿: おじん | 2007.12.12 18:34

□おじんさん、こんばんは。
そうそう机の上に、モニターというか、tvのような画面があって、机の半分はプリンターでした。
たぶん、クレジットかローンで買われたので、その値段だったような。その後、毎年半分ずつ値段がさがってました。
その後、パソコン+一太郎って環境でしたが、hdではなく、フロッピーを入れて動かしてました。
ハードデスク(10mb)付きのパソコン買ったときは、これで、死ぬまでniにつくる文章は全部、保存できるって思ってました(暴)

ヒロミさん、かっこいいですよね(^^;).

投稿: 悠 | 2007.12.12 23:35

悠さん今晩は
>東芝のなんとか10というのを
なんとかはJW-ではございませんでしたか
japanese word processorの頭文字でしょう
開発当初のモデルですよね。
最近の新聞記事ではワープロを開発した技術者が特許
報酬金の件で東芝を相手に訴訟を起こしましたね。
茶川竜之介の時代ではまだワープロは現れていません
パソコンの仮名漢字変換はIMEよりATOkのほうが優れていますね。でも私ATOKは使っていません
WINDOWSの起動に時間がかかるのが我慢できないのです

投稿: おじん | 2007.12.15 18:12

電気釜も普通の電熱式とIH式がありますが
IHだからといつて特に早いわけではないですね。
せいぜい1-2分程度早いだけ
電熱式で充分と言うのが実感です

投稿: おじん | 2007.12.15 19:14

□おじんさん、おはようございます。
そうそう、jw-10でした。
この世界進歩がはやいですね。

電気釜にも方式がちがうのがあるんですね。

投稿: 悠 | 2007.12.16 11:20

悠さん今日は
さむいですね。
>この世界進歩がはやいですね
ツーカ試作段階では個別半導体だったのが
ある程度メドがつくと集積回路に置き換えますから
飛躍的に小型になるのです
ワープロはほとんどのメーカーが撤退したでしょう
パソコンの方が機能が豊富だし値段もかわらないし
そんなところです


投稿: おじん | 2007.12.16 12:42

淳之介のお母さんの再婚相手
高円寺の藤戸の主人役
石丸謙二郎
はテレ朝の「世界の車窓から」という番組の
ナレーターをやっている人ですね。
私鉄道ファンなのでこの番組良く見るのです
「いいかい坊や大人がいないっていったら
それはいないことなんだよ」と古行和子がいないといいはります。
障子を細目にあけて淳之介のお母さんが「ねえ、あの子帰った」と聞きますこの女優奥貫馨って言うんですね。
他では見たことありません、影のある役が似合いますね。

投稿: おじん | 2007.12.16 18:40

だいぶ書き込みましたが
続編がテレビで放映されたら
また書き込みます
ではみなさまどうぞよいお年を

投稿: おじん | 2007.12.17 14:35

□おじんさん、こんばんは。
鉄道ファンもしてはるんですか。

電気関係には、やはり、お詳しいですね。

書き込みありがとうございます。
またの書き込みまってますね。

投稿: 悠 | 2007.12.17 17:47

もうすぐクリスマス
淳之介にプレゼントする万年筆を用意しなくては
お金がないから鈴木オートに用立ててもらおうかな
一万円もあればいいかな。
指輪は高いから年明けにしよう
そうそう六子に切符を買ってやらなくては
今は新幹線だから高いな

投稿: おじん | 2007.12.18 11:33

□おじんさん、こんばんは。
ほんと、クリスマスですよね。
六ちゃん、新幹線だと、車で追いかけるわけにもいかないですね(^^).

投稿: 悠 | 2007.12.18 22:26

悠さんこんばんは
>鉄道ファンもしてはるんですか
あれ悠さんって関西のお方ですか
私は関西に友人が一人もいません
この世界では距離感がないので
遠いか近いか見当がつきませんでした
私は神奈川県横浜市在住です
直接メール交換できるとうれしいです

投稿: おじん | 2007.12.20 20:02

>車で追いかけるわけにもいかないですね
昔の蒸機でも速かったですよ
100キロ以上は出たと思います
ましてや東北本線でローカル線ではないから
ミゼットごときでは追えません
蒸機は登り坂では弱いのです
ツーカ職人芸が必要なんです
石炭の投炭のタイミングなど
熟練が必要なんです
都内は平地ですから
速かったはずです

投稿: おじん | 2007.12.22 15:03

□おじんさん、こんにちは。
>ミゼットごときでは追えません
は、は、はっ、当方、てっきり映画に惑わされてました。
私のメールアドレスですけど、このブログ右手の一番下に「プロフィール」って欄がありますので、そこをクリックしていただくと、開いた画面に「メールを送信」とでますので、よろしくお願いします。

投稿: | 2007.12.22 16:24

悠さんこんばんは
メール送りました
よろしくです

投稿: おじん | 2007.12.23 01:19

カカラーテレビモドキの色フィルター
白黒テレビの前面に色付きフィルターをとりつけて
カラーテレビもどきにするという商品が秋葉原で
売られたことがあります一顧2-3000円したと思います
なんだかわびしい商品でした

投稿: おじん | 2007.12.24 18:12

□おじんさん、こんばんは。
いつも書き込みありがとうございます。
>テレビモドキの色フィルター
そんなものがあったんですね。田舎まではでまわらなかったんですよね。きっと。

投稿: 悠 | 2007.12.24 19:58

カラーテレビもどきフィルター
の話
テレビの画面を上下に三等分して
上から赤、黄、青に着色したフィルターをかけるのです
各色の境はグラデュエーションされていてぼやけています
このフィルターをかけると立っている人は顔が赤く胴は黄色で腰から下は青くなります
まあカラーテレビと言えば言えなくもないが程度のシロモノですが
こんなものも売っていたのです
カラーテレビといえば輸出仕様と国内仕様は色が違います
白色人種は国内仕様のテレビで見ると青白く見えて病人みたいに見えるそのため赤を強調して元気づけているそうです
逆に海外でテレビを買って日本に持ち込むとみんな酔っ払いに見えるという話です
これホントかどうか試したことないですが
まあ、まんざらウソではないでしょう
でも海外中継なんか見ると白人の顔色はたしかに青白くみえますね。
有色人種の顔色は違和感なく見えますが
そんなところです。

投稿: おじん | 2007.12.25 15:05

□おじんさん、こんばんは。
>カラーテレビといえば輸出仕様と国内仕様は色が違います
そうなんですか。しりませんでした。

投稿: 悠 | 2007.12.26 19:10

私の友人でカラーテレビの技術者がいました
このひとテレビの画面を見ただけで
放送局が分かると言います
私はそんな神業持っていません

投稿: おじん | 2007.12.27 19:31

□おじんさん、こんばんは。
画面を見ただけで、放送局がわかるっては、すごいですね。っていうか、TVにかぎらず、技術者の方って、そういうのすごいですよね(^^)

投稿: 悠 | 2007.12.28 16:48

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