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2017.08.20

鬼瓦@狂言

夏の狂言会では「鬼瓦」の太郎冠者を演じました。鬼瓦を見て、嫁の顔にそっくりだ「ようもようも、嫁の顔を見たこともないのに、あれだけ似せおったものじゃ」「嫁に会いたい」と泣く主人。これに、戸惑いながら「お上さんの顔、そのままです」と言ってるところだけが、笑いの起きる狂言で、15分くらい。

おおらかな大名をとても、演じられないし、太郎やります、ってなことで、演じました。

狙ったところで、笑いが取れて満足。しっかり、芝居したし、「泣く主人に戸惑う」家来。

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2017.08.14

ヒトラーへの285枚の葉書@映画

息子を戦死でうしなった父が、「自分の息子はヒトラーに殺された」「戦争はやめろ」といったカードを、書いては、町の目立たぬところにそっとおいてゆく。妻も、協力してゆく。

285枚もまいている。警察は、犯人をみつけだせない。ナチ親衛隊から、警察官僚は無能だとののしられる。

父のちょとしたミスから、夫妻はつかまり、死刑にふされる(これで、死刑なの??ナチ批判のカードをかいただけなのに)。

ナチもの映画って、なんか最後は、ナチに見つかって死刑ってな映画がおおくて、カタルシスがない(;;)
マリアンヌとかは、ナチ要人の暗殺だったから(敵味方のスパイの恋愛ものでもあったけど)こちらの物語の方が映画としては、好み。

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2017.08.08

演じる力 関わる力 ワークショップ

青年団の俳優、かつ介護士をされている菅原直樹さんの講演+ワークショップ

子供の頃、認知にかかったおばーちゃんの食べ残したおかずを食べてしまった。
おばーちゃん、「あれは、タンスの人に食べてもらうんやったんや」という答えが返ってきた。

このとき、「タンスの中に人はいないよ」「確かめよう」というのがいいのか。
または、「そうやね、タンスの中にいる人に食べてもらわんといかんよね」「冷蔵庫になんかないか、見に行こうか」と反応するのがいいのか。

最初の反応をしないと、おばーちゃんの認知の度合いが進んでいく、と、考えたりする。
でも、おばーちゃんにとっては、後者の反応の方が、自分が肯定される気がする。
それなら、後者の反応もありではないか。

ってなところから、演劇の持つ力が語られた。

私が思うに、「記憶の引き出しにしまってある人」〜「記憶のタンスにしまってある人」〜「タンスにしまってある人」〜「タンスの人」というふうに脳内変換が起こっているとしたら、それは、つじつまは、あうのでは、ないか。

会場には、介護に関わってられる方が多かったが、劇団に所属しているんですって方も、二、三人、参加されてました。


会場は、名古屋の大須観音付近のビル。昼休み、観音通に出たら、仮装の日でもあり、仮装した人がたくさん。
1組写真を撮らさしていただいた。Img_1018


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